あん / ドリアン助川

現在追悼上映中の樹木希林最後の主演作品"あん”
あえて原作を読んだ理由と感想。(かなりおすすめ)


女優樹木希林さんが亡くなってから、
未だにテレビでの報道や特集はやまない。

現在各所で追悼上映されている
樹木希林最期の主演作品"あん(2015)”
上映当時、気になったものの見ずじまいで

単純に内容が気になり
あえて追悼上映ではなく原作を読んでみた。


映画も小説も虫食いというか。気になったものをジャンル関係なく気ままに楽しんでいるだけの私だけど、
あえて小説を選んだのには理由がありました。


普段本を読まない人にとっては、時間もかかるし少しの根気もいる(笑)映画に比べどうやってもコスパ悪そうなんだけど。

なにがいいって、原作の小説は心理的な細かな描写が描かれていて
今まで言葉にできなかったような心境を
上手に文章で表現し、ハッと気付かされたり、以前に似た感情になったことを思い出させたりするのだ。
そして読むタイミングによって、どの登場人物に自分の心境がリンクするかわからない。
それは人によっても、時期によっても違うと思う。読み返してみたら、以前は覚えてもなかったような脇役のあいつの心境や言葉が今は響くとか。
昔読んだときは純粋無垢だと思ってたヒロインは、読み返すとすごくずるい人と思えたり。ね。

自分の感じ方の成長、変化を感じられる面白さがある。

日常生活では、なかなか自分の心と対話できることは少ない。
何かに悩んだり、もやもやした時、なんとなく読みたくなった本が相談相手になったりするのだ。

(読書好きからは当たり前な話なんだけど、
学生時代、読書が苦手で、映画で同じ作品があるなら映画を見て読書感想文を書くような私がこう思えたのは奇跡なのだ(笑)


さて本題の感想。


これを読んで泣かない人がいるのだろうか。
私は泣いた。
こんなんずるいやん。っていう。
泣くしかないやん。って感じ。
なのでストレス溜まってる方、ぜひ涙活にもどうぞ。

希林さんが亡くなって
特に好きでも嫌いでもなかった私だが
死を人生の最期を意識した数々の言葉を聞いて
自分の哲学を持った人なんだと感じた。

ところで、
この記事を書くのに何日もかけてしまいました。
なぜ原作を読んだのかの後1週間もたってしまった。

単純に感想を書くのか
はたまた生きることについて書くのか。

私は愛について書いていこうと思う。

これはある意味この本には関係のない感想で。
ひょっとしたら何か通じるものがあるのかもしれないが、それはたまたまである。


前回 、“木漏れ日に泳ぐ魚/恩田陸”を読んで
愛について考えてみたがさっぱりわからなかった。

今自分に身近で関心のある愛、
それは恋人に対するものだが
これは本当の愛なのかとここ最近自問自答していた。

私はこんなにもしてるのに!
もっとこうして欲しいそんな気持ちで怒りがむくむく出てくることがある。


じゃあしてくれなかったら好きじゃないの?って。
考えて、好きだけど、わからないって。思うのが答えで。


もやもやしている時にその小説を読み
モヤモヤしながら着地せず
樹木希林さんの残した言葉や内田裕也さんへの愛でなにかを感じていたのだと思う。

到底私からは信じられない。
自分が我慢してまで幸せにしてくれない人といるなんて。依存に近いんでは?

はじめはそう思った。

でも愛するってお互いにし合うことではなく
自らすることで、そう思うことで自分が幸せを感じることなんだと。そして我慢はしてないんだと。

頭ではなんとなくわかって気がした。
まだ心には落ちてない。
心で実感するのはいつかわからない。


愛することがうまい人は
真っ直ぐで、ぶれていないんだね。

愛されたい人は相手次第だから
ぶれる。愛されなくなった時、つらい。


わかっていても、まだまだ無意識に
愛をうまく扱うことができません。


またしても、願掛けとしておく。(笑)

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