元スパイだったスパイ小説の帝王、ジョン・ル・カレ

昨年12月12日、イギリスのスパイ小説の大家、ジョン・ル・カレが89歳で亡くなりました。日本でよく知られている作品は、古くは1960年代に書かれた『寒い国から帰ってきたスパイ("The Spy Who Came in from the Cold")』、そして『裏切りのサーカス』というタイトルで映画化された『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』あたりでしょうか。英エコノミストに追悼記事が掲載されていました。(以下、引用部分は英エコノミスト 2020年12月16日号 "Obituary: John le Carre"より。)

ジョン・ル・カレの本名はデイヴィッド・コーンウェルで、自らがスパイだった経歴を持っています。

「ところが彼は "サーカス" にそれほど長くいたわけではない。それはほんの数年間で、下級エージェントとして東欧で任務につき、それから(西ドイツの首都だった)ボンの英国大使館で働いていたが、有名な二重スパイ、キム・フィルビーに正体を暴露された。ジョン・ル・カレは、平たくいうとスパイ経験のある作家だ。」
"In fact he had not been in “the circus” for long; just a few years, running low-grade agents into eastern Europe and then working out of the British embassy in Bonn, before Kim Philby, a celebrated double agent, exposed him. He was a writer who, very briefly, had been a spy. "

「サーカス」とは、英国諜報機関のこと。映画『裏切りのサーカス』を観た人なら知っているかな。キム・フィルビーは当時の英国MI6の高官でありながら、実はソ連側のスパイだったという、いわゆる二重スパイ。キム・フィルビ-がジョン・ル・カレ(デイヴィッド・コーンウェル)は諜報部員だとソ連側にばらしたので、カレはスパイを辞めざるをえなくなりました。

さて、『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の主人公は「ジョージ・スマイリー」という名のスパイで、ジョン・ル・カレの多くの作品に登場する代表的な人物です。どんなキャラクターだったのでしょう。

「小太りで頭ははげかかり、眼鏡をかけたその姿は驚くほど凡庸だが、観察力は鋭く、頭が切れて抜け目がなく、それでいて内向的で、常にきまりの悪い思いをし、自分の服装を場違いだと感じているような男。そのスマイリーが初登場したのは1961年の『死者にかかってきた電話』で、ル・カレが過去に出会った人々を融合させて確立したキャラクターだ。スマイリーは2017年に(ル・カレの最新刊)『スパイたちの遺産』に久しぶりに登場して、印象的な言葉を語っている。」
"A plump figure, balding, bespectacled and breathtakingly ordinary; keenly observant, wise, cunning, yet also shy, embarrassed by life, convinced that his clothes were wrong. He had emerged in 1961, in “Call for the Dead”, a fully fledged combination of several people from the le Carré past; he took his bow in 2017, giving lectures in “A Legacy of Spies”. "

スパイというと真っ先に007シリーズのジェームズ・ボンドのような華麗な姿が思い浮かびますが、スマイリーはその真逆で、見た目はどこにでもいる50がらみのさえないおじさん。ところがその中味は人並はずれた観察力と洞察力の持ち主。そんな人物です。映画『裏切りのサーカス』では、ゲイリー・オールドマンがこのスマイリーの特徴や性格を見事に再現して演じています。

90年代に入って米ソの冷戦が終結すると、スパイ小説や映画はネタ切れになるのでは? なんてことが巷ではささやかれたりしましたが、ジョン・ル・カレはどうなったでしょう。

「冷戦後に書かれた作品は、次々と成功をおさめていった。武器取引(『ナイト・マネジャー』)、テロとの戦い(『サラマンダーは炎のなかに』)、巨大製薬企業のアフリカでの悪行(『ナイロビの蜂』)などがその後の作品群のテーマとなった。」
"Others quickly succeeded it: the arms trade (“The Night Manager”), the war on terror (“Absolute Friends”), Big Pharma’s misdeeds in Africa (“The Constant Gardener”). "

ル・カレは現代の社会問題を扱った魅力的な作品群を次々と発表していきました。『ナイロビの蜂』は映画化されていますし、『ナイト・マネジャー』もイギリスBBCでドラマ化されていて、Amazonプライムで見ることができますよ。

トランプ政権下のアメリカ、ジョンソン政権下のイギリス、分断が進む世界の現状に対する批判もカレの作品には盛り込まれ、メディアで発言などもしていました。世界を鋭い目で見通し、時代が変わっても色あせない意欲的な作品を次々と生み出していったジョン・ル・カレは、本当にすごい作家だと思います。みなさんもぜひ一度、ル・カレ作品に触れてみてはいかがでしょう。

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