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好きな作品が終わること。そしてライトノベルについて。

応援してきた好きな作品が完結を迎えること、それはいつだって寂しい。

最近では、『冴えない彼女の育て方』と『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』という2つのライトノベルが終わりを迎えた。

前者はアニメのみ、後者は原作とアニメ両方追っていた。2013年頃からなので足かけ6年である。

基本あまり一つの物事に依存しない性質なので、アイドルの限界オタクのようにむせび泣く事はないのだが、好きな作品が終われば胸に隙間風が吹くような喪失感を覚える。

多くのラノベ読者にとって、主人公は自分自身の投影である。普段の生活から抜け出し、空想の世界、それは異世界であったり既に喪った青春であったり様々だけれど、本の世界に逃げ込み、現実の自分とは違うifの自分、行動次第ではありえたかも知れない自分を投影する。

特に青春ものではそれが顕著だろう。

かくいう私もそうだ。もし高校生の頃に読んでいたら、ラノベ主人公の真似をしてクラスメイトから総スカンを食らっていたに違いない。

ラノベというのは基本的に、根暗オタクが何故か可愛いヒロイン達に囲まれ、あまつさえ同時に好意を抱かれ、苦悩のすえ一人を選び、現実なら修羅場間違いなしの状況でヒロイン達同士も友情を育むという、およそありえないシチュエーションである。

だからこそ、男は焦がれるのだ。自分は得られなかった経験に、二度と手に入らぬ青春に。コミュ障の陰の者でもハーレムを築くラノベ主人公に。

「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」と言える幸福な主人公に、自分を重ねるのだ。

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