本家の後継 ・番外編 初恋の人
誰かが好きっていう気持ちを抱くようになったのは
いつからだったのだろう?
恋心なんて幼い私には関係なかった。
「誰が好きなの?」
同級生に聞かれるまで考えたこともなかった。
この話は、隆子が思い出の一つ。
初めての恋?の話です。
(実在する人物が登場するため各所に仮名を使わせていただいています。)
他人の初恋の話なんて、聞いたって仕方ないのでしょうけれど、ほんのひととき一緒に昔に帰って、甘酸っぱい時代を思い出して見ませんか?
ある日、同級生の女子が聞いてきた。
「隆子の初恋って誰?」
「???」
「隆子の好きな男子、教えて!」
毎日遊ぶことだけ考えて、学校では立たされているばかりの小学校四年生の隆子が恋心など全く寝耳に水と言うか「なんだそりゃ」に近い領域のはなしだった。
しかし、すっかり服従してしまう性格になっていた隆子は、聞かれたら答えなくてはならないと思った。
「いつも一緒に帰ったり、遊んだりしている耕治?」とさらに聞いてきた。
(え〜!やだ。好きとか考えられないわ!)
「居ないよ」
「えー?本当に?教えてよー」
隆子は精一杯考えた。
顔の整った清潔そうなM君やムードメーカーの面白いN君が頭の中にうかんできた。でも、好きだとか考えたことは無い。カテゴリーとして存在していただけだった。
テレビで見るスターを見ていて、大人しそうなほっそりした顔を見るとハンサムだなと思った。面食いなのかもしれない。
M君は大まかに見てこの部類かも知れない(あくまでも小学四年生ですが)
「M君・・かな!」
次の日に学校にいくとクラスのいじめっ子にはやしたてられた。
「やーい隆子はMが好き!」
「Mが好き!」
そしてM君からは
「お前なんか迷惑なんだよ!」と言われた。
(告白したつもりなんかないよ!)
はめられた!
すごく恥ずかしいのとバツが悪かった。
日頃から意地悪な女子が、何でそんなことを聞いてくるのかと思ったがこう言うことだったのか・・・。
物覚えの悪い隆子のことだ、いつしかこの一件も忘れてしまったころ、また同じことを聞いてきた。今度は数人で徒党を組んでいる。
隆子は、この前のことを思い出したが蛇に睨まれたカエルのような心境になって、また誰かの名前を言わなくてはならないと思った。
(だいたい田舎の少人数のこのクラスで選択肢などほとんど無いに等しい)
隆子は、前に聞かれた時にはまだ誰かが好きとか考えたこともなかったが、あれから何となく考えるようになった。
もちろん、本当の恋なんて遠い次元の話だった。
思いついたのはK君
K君は、無邪気な小学生らしいイタズラをしたり、先生に時々注意されたりするようなごく一般的な、でも何となく自分に近い何かを持っていた。
隆子の目にはK君の目はキューピーちゃんのようにクリクリして輝いているように見えていた。
そこで思わず彼の名を言ってしまったのだ。
案の定また次の日にははやしたてられた。
「やーい!隆子はKが好き!」
「Kが好き!」
私は馬鹿だと自分でも思った。
この時、どうなったのかはあまり覚えていない。
M君のときのようなことがあったのか無かったのか思い出せない。
五年生になったある日のこと
K君は転校することになった。
お父さんが事故で亡くなったので、お母さんの実家に移り住むことになったそうだ。
いよいよK君が転校する最後の日に、たまたま校庭で隆子とK君が二人になる時があった。
K君が隆子に話しかけてきた。
「隆子は、オレが転校するのに何も無いの?」
そう、他の人は手紙やプレゼントを用意していたのだ。
隆子は、そんなことに気が回らなかったし、だいいち家が貧乏でプレゼントなんて用意できない。
「うん。何も」
K君の幼いながらちょっと寂しそうな視線がそこにあった。
ただK君のその一言が、あの日からのK君の視線を思い出させた。
あの日、「隆子はKが好き!」とはやしたてられてから時々、K君が悪ふざけしてきたりしてきたのは、本当は隆子を意識するようになっていたのかも知れない。
授業中で立たされてばかりいるし、いじめられて泣き虫の隆子。
そういえば、K君も時々たたされていたっけ。
男子の中では体も小さい方で、力関係では弱い方だった。
思い出せば、似たような何かを感じていたのは確かだったし、彼の他の人に対しての優しさのようなものを感じていたのでK君は警戒すべき人で無く、どちらかといえば心を許せる男子だった。
自分ではどうにもできない、何か大事な失敗をしてしまった感情が尾をひいた。
K君が転校してから
と言うよりはあの最後の日から、隆子は本当にK君に対して「初恋」のようなものを抱いた。
その後、中学生の時に街中でK君の姿を遠くで見かけたことがある。
少し背が伸びて顔も面長になってはいたけど、小学校の頃のようなクリクリとキラキラな目はそのままだった。
隆子は話しかけることは出来ずに、固まってしまった。
それは、転校最後の日の「何もしてあげられなかった」自分の劣等感と弱さから。
それ以来、一度もK君とは会うことはありませんでしたが、40年ほども過ぎてからのこと、偶然にもテレビを見ている時に、観光施設を案内している人がK君と同姓同名、私と同年齢。住んでいる町もほとんど変わっていない。おじさんになっていましたがあの頃と変わらないクリクリしたキラキラした目をして・・多分、私の知っているK君に違いないと思います。
大人になるまでK君も、きっといろいろな経験を重ねたに違いありません。
妙に近くて、妙に遠い世界を感じたのでした。
小学校五年生で「初恋」と「失恋」を同時にした私の、思い出。
本家の後継・番外編をお読みいただきありがとうございます。
ではまた、次回に。