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音楽観を変えた音楽に出会った話

全てはとあるラジオから始まった。

その当時、中学3年生。L'Arc~en~Cielが大好きでラルクが出てるラジオがあると聞き聞いていた。本当に最初はそんな軽い気持ちから始まった。
また正確に言うとラルクの他はGLAYやジャニーズが大好きでそこら辺と流行りのJ-POPしか知らなかった。

ラジアンリミテッドというラジオとの出会いは私の今後の音楽生活に大きな影響を与えた。
話は逸脱するが、DJやまだひさしのトークがおもしろすぎて「ラジオとはこんなにおもしろいのか」と概念を変えられ、当時は東京FMで働くのが夢になったぐらいだ。
テレビしか興味のない人間が話だけで夜中に声出して笑ってしまうくらい魅せられてしまったのだ。

そんなある日、いつも通りラジアンを聞いていたらGOING STEADYの東京少年が流れた。

CDコンポが流れる衝撃的な音楽。全身が痺れたことを覚えてる。掻き鳴らすギター、激しいドラム、コーラスとは言えない叫び。苦手な人は苦手かもしれないが、世の中にはこんなかっこいい音楽があるという事を高校1年の夜知った。
これが青春パンクと言われるジャンルとの出会いだった。

僕等は若くて心が歪んだ
叫ぼう!叫ぼう!僕等は此処だ!!!

この歌詞が思春期真っ只中の私に突き刺さった。いや、むしろ当時の自分に必要な言葉だったのかもしれない。
そこから青春パンク、メロコアをひたすら調べてはCDを買っての日々が続く。もっと同世代が聞いてなさそうな音楽を聞きたい!知りたい!もっといろいろな音楽と出会いたい!という探究心に繋がった。

ゴイステに関して一つ後悔があるとしたら活動してる時にライブを見れなかったということだ。

その後STANCE PUNKSに出会いやはり衝撃を受けた。後に大好きな映画バトル・ロワイアルの主題歌に抜擢され人知れず喜んだことを覚えている。

今見ても最高に両者ともかっこいい。その後J-POP離れをしていった。
またある日のラジアンで衝撃的な音楽に出会った。

それはBUMP OF CHICKEN。天体観測が流れた。これも全身が脳天から突き刺す衝撃だった。歌詞がメロディが全てが「好き」の2文字で表せるぐらい一瞬で落ちた。その後ドラマ化されてその時期イキリまくってたので「今更世間はバンプの天体観測知るのかよ!おせーよ!」とクソイキリ高校生をしていた。

藤くん20年経っても声、見た目変わらないのスゴすぎる…。
余談ですがバンプで一番好きな曲はバイバイ、サンキューです。引越しする前夜に必ず聞いて明日からの期待と1人になることへの不安で泣いていました。

僕の場所はどこなんだ 遠くに行ったって
見つかるとは限んない ろくに笑顔も
作れないから こっそり何度も 呟いてみる
ひとりぼっちは怖くない

この歌詞で何度泣いたことか…。これから先また別の地へ引っ越すことがあったら聞くだろう。

話は変わり、高校生でいろいろな音楽に出会ってから「次に売れるバンドの目星をつける」という事をしていたのは。CD屋さんで視聴しまくったり、ラジオから流れるバンドをチェックして勝手に「○○年後にくるな」と予想していた。(これが結構当たっていたので見る目はあったのかもしれない)
これは今でもしている。現在はネット社会なので数多くの新しい音楽にたくさん簡単に出会えるので自分の幅も広がっている。

あれから数多くの季節と時間が流れた。あれだけ「メロコア大好き!メロコアしか勝たん!」と思っていたのに気づいたらラウド、メタルコア、オルタナ、ボカロ、V系、ロキノン、J-POP、K-POPなどなんでも聞いてる。

だがそこに至るまでは高校生の時に「いつも聞かない新しい音楽」に出会ったのが全ての始まりだった。垣根、概念を全て消し去ってくれたのは紛れもなくGOING STEADYだった。
あの時ラジオを聞いていなかったら私は俗に言う「今流行ってる音楽しか知らない」人の1部にもなっていたし、きっと音楽から広がった友達も出来なかったし音楽と関わる仕事(スタッフ)もしていなかった事だろう。

苦しい時、辛い時、嬉しい時、そこには必ず音楽が居てくれて救ってくれた。

その気持ちを忘れずにこれからも私は「音楽が好き」と大きな声で公言していく。
年齢とか関係なしに好きな物は好きと自信持って言う。それが最大のリスペクトに繋がるから。

ではまた明日。

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