湯船に浸かるような感覚で
今日は酒場に欠かせない、ワインの温度についてのお話を。
私のお店は7坪ほどの小さなワインスタンドで、食事はそんなにいらないけれど美味しいワインをグラスで楽しみたくてご来店くださるお客様がほとんどです。
常時10種類くらいグラスで開けていて、その時の気分や好みをお聞きしてお勧めの一杯を提供させていただいています。
先日お客様からこんな質問をいただきました。
「お店でいただいたワインが美味しかったので自宅で楽しもうとネットで購入したんだけれど、印象が全然違ったのはどうしてでしょう?」
このようなお悩みは本当によくお聞きしますし、きっと同じような経験をされたことのある方も多いのではないでしょうか。
自宅にワインセラーがなくて冷蔵庫で保管したから、お店で扱っているようなワイングラスで飲まなかったから、と考える方がきっと多いのかなと思います。
ワインセラーに関しては、もちろんあるに越したことはありませんが、それなりに高価なのとある程度の置き場所も必要になってくるので、必ずしも必要だとは言い切れません。
涼しい季節であれば日の当たらない部屋に室温で保管することも出来ますし、冷蔵庫の野菜室はセラーに近しい保管場所としてよく知られています。
ワイングラスに関しては以前の投稿で、当店で扱っている木村硝子さんの「ピッコロ 10ozワイン」について書かせていただきました。
素晴らしいクオリティにも関わらずとても良心的な価格なので、ご自宅にワイングラスをお持ちでない場合は、是非とも購入を検討されることをお勧めしています。
既に別のメーカーさんのグラスをお使いの場合でも、それぞれに素晴らしい個性があると思いますので、その違いをポジティブに楽しんでいただきたいと思っています。
セラーでの保管が必須でもなければお店で扱うグラスも比較的手に入りやすい、それらを踏まえて生じるワインの香りや味わいの違いとは、一体どこから来るのでしょうか?
注ぎ手の数だけワインへの想いや哲学があるので「あくまで私は」と前置きしたうえで、この質問を受けての私なりの二つの答えを書かせていただきます。
この質問に対して私なりに明確な答えを持っていて、同時にお店でワインを扱ううえでとても大切にしていることがあります。
それはワインを提供する際にどれだけワインの「温度」に気を遣っているかということです。
当たり前と思われますが実はとても大事なことで、そのちょっとした気配りが出来ているか否かで随分と香りや味わいの印象は変わってくるものです。
あくまでも嗜好品ですのでお客様それぞれに好みの温度帯があるのは重々承知していますが、少なからずの注ぎ手のエゴを添えて、私が一番美味しいと感じる温度で楽しんでいただけるように微調整してお出ししています。
湿度が高く蒸し暑い季節に軽めの赤ワインを少し低い温度で出してみたり、逆に冬の寒い季節には少し樽の効いたコクのある白を常温でご用意してみたりと。
風味だけでなく喉越しの良さやボリュームの感じ方なども、少し温度を変えると随分印象が変わって見えるので不思議なものです。
当然そのままで放置してしまうとバランスが崩れてしまいますから、二手三手と先読みをしながら小まめに冷蔵庫から出し入れするなど、出来るだけ心地よく飲んでいただける温度でお出しするための努力は惜しみません。
ご自宅でいただく赤ワインの渋みが際立っていてバランスが悪く感じてしまうのは、もしかしたら冷蔵庫に入れっぱなしだったために冷えすぎているせいかも知れない、なんてことはよくある話です。
「泡や白はよく冷やして、赤は常温」でといったよく耳にするフレーズも状況次第で一概には言い切れません。
ボトルの裏に造り手が推奨する目安の温度が書かれていることもあるので、ぜひ参考にしてみてください。
あまり固定観念に捉われずに、それぞれのお好みの温度で自由に楽しんでください。
ご自宅ではあまり心配いらないとは思いますが、ワインを心地よく楽しむには適切な室温であることも非常に重要になってきます。
極端な例えですが、蒸し風呂のような室内で汗だくでよく冷えた泡をいただいたとしても、その美味しさは十分には楽しめません。
私もワインの温度と同じくらい、お客様に快適に過ごしていただけるように空調には細心の注意を払っています。
ワインの温度がもたらす香りや味わいの影響とはとても大きなもので、それを受けての微妙な気配りこそが、お店とご自宅とでの印象の違いに繋がるのかなと思っています。
これが一つめの私の答えです。
この数年でネットで気軽にワインが購入できるようになって、間違いなくワインという存在はより身近なものになりました。
生産本数の少ないものを求めて店頭で探し回るよりも、オンライショップで探したら方が遥かに効率的で、ワインの詳細も併せて知ることができます。
それらを一切否定するつもりはないとお断りしたうえで、もしご近所に個人経営の小さなワインショップがあれば、是非とも実店舗にも足を運んでみてください。
品揃えは大規模なショップには及ばずとも、ご店主の好みが色濃く反映されていたり、それぞれのアイテムに対して豊富な知識をお持ちでいらっしゃいます。
お店によっては試飲ができたり、それこそオススメの温度やグラスの形状などの相談にも乗ってくれるはずです。
繰り返し通うことで好みを把握したり違った提案をしてくれたりと、対面販売だからこその親密な関係ってやっぱり素晴らしいものです。
ワインを深く理解する一番の近道はお気に入りの酒屋を見つけること、これに尽きると思っています。
私のお店ではワインの小売りはしませんが、ご相談いただければ例え飲んだことがなかったものだとしても、できるだけ親身になってお答えします。
購入されたワインをより美味しく飲んでいただくお手伝いをするために私たちプロがいるわけですから、どうか恥ずかしがらず遠慮なく頼ってみてくださいね。
これがもう一つの私の答えです。
酒場の存在意義って一体なんだろうと時々考えることがあります。
私のお店はといえば、できるだけ肩肘張らずに日常的にワインを楽しんでいただきたいので、あまり高価なものや入手困難な希少なものはほとんどなくて、等身大でいただけるカジュアルなものばかりを扱っています。
オンラインで探せば手に入るものも多いでしょうし、これだけ家飲みも浸透しているわけですから自宅で飲んだ方が遥かに安く済むはずです。
ワインのラインナップだけでいえば、わざわざお店でなくてもいただけるものだって沢山あるわけです。
にも関わらず沢山の方がお店に足を運んでくださるのは、言葉にすると恥ずかしいのですがそこには「愛」みたいなものがあって、それはきっと自宅ではどうしても満たすことの出来ない、そういう「愛」みたいなものが人を魅了して止まないからなのでしょうか。
例えカジュアルなものであったとしても、自分が注ぐことで何処よりも美味しいと感じていただきたい、
そんな想いだけでカウンターに立ち続けているのです。
自宅にもお風呂はあるけれど、どういうわけか休みのたびに欠かさず足を運んでしまう町の銭湯の湯船に浸かりながら、ふと物思いに耽るわけです。
生きていくうえで必ずしも必要ではないかも知れないけれど、それは人生を小さいけれど確かに豊かにしてくれるような大切な場所で、そういった意味では酒場と銭湯はよく似ているのかなと思います。
日々の疲れがじんわりと取れていくような湯船に浸かるその感覚で、私もお客様の心と体の疲れをそっと癒すような、そんな酒場の注ぎ手でありたいと思っています。
一本のワインとの出会いが、その後の人生を大きく変えてしまうかも知れない。
そんなワインに人生を狂わされ、現在進行形でワインに狂わされ続けている小さなワインスタンドの店主の話。
日々思うあれこれや是非ともお伝えしたいワインに纏わるお話を、このnoteにて書き綴らせていただきたいと思っております。
乱筆乱文ではございますが、最後までお読みいただきありがとうございました。
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