プロダクトの米国向けローカライズ Part 2 - 実践ガイド
本記事は Part 1 の続編です。Part 1 では、プロダクトのローカライズの重要性や考え方についてまとめました。本記事ではより詳細に踏み込み、ローカライズに際して具体的に考慮すべきポイントを整理してみようと思います。チェックリストとして使っていただけると幸いです。
↓ Part 1 はこちら
言語・コンテンツ
ローカライズと聞いてまず最初に思い浮かぶのは言語の翻訳でしょう。
翻訳先言語の選定
米国展開を目指す場合、まずは英語に翻訳することになると思いますが、気に留めておいてほしいことは「米国 = 英語 ではない」ということです。米国は日本と違って多民族国家であり、英語以外にも様々な言語が使われています。以下の統計によると、米国で暮らす人々の約5人に1人は、家庭で英語以外の言語を使っているようです。
特に重要な言語は、英語の次に話されているスペイン語で、Wikipedia によると2021年時点で約4130万人の話者がいます。自分も米国に来て驚いたのですが、スペイン語のみ話す人は意外と多いです。そのため、米国内の多くのプロダクトでは、英語とスペイン語を切り替えられるようになっています。
スペイン語翻訳の重要性はターゲットとするユーザ層や地域によっても変わってくるので(特に米国南部に多いです)、翻訳コストと天秤にかけた上でROIが高そうということであればぜひ検討してみてください。
ちなみに翻訳は1度やって終わりではなく、その後プロダクトに変更が入るたびに翻訳作業が発生するので、思っている以上に運用コストがかかります。そのことを念頭に置いた上で慎重に検討することをおすすめします。
翻訳作業
翻訳作業に関しては、ChatGPTなどを用いた機械翻訳の精度が年々高まっており、最近では体感的に80%くらいの精度で翻訳してくれます。昨年 書籍の翻訳作業 に携わりましたが、当時と比べても向上しているように感じます。
したがって、翻訳者が0から翻訳するのではなく、機械翻訳のアウトプットを翻訳者がレビューするというハイブリッド形式を取ることで、作業を効率化できコストを削減できる可能性があります。
文化的差異への対応
ただ翻訳するだけでは、文化的差異により元々の意味が十分に伝わらない場合があります。そのような場合は、現地の文化にコンテンツを適応させる必要があります。この作業は Translation(翻訳)と Creation(創造)を掛け合わせ、Transcreation(トランスクリエーション)とも呼ばれます。
例えば「マラソン前にはおにぎりが腹持ちがよくておすすめです」という文章があった場合、多くの米国人はおにぎりというものに馴染みがなく、そのまま翻訳しても通用しないでしょう。このような場合、「米国においておにぎりの代替となる腹持ちのよい食べ物は何なのか?」を考えて変更することで、米国人にとってより自然かつ有用な文章にすることができます。
デザイン
米国で好まれるデザインは、一言でいうとシンプルに尽きます。Part 1 でも書きましたが、米国は多文化・多人種の環境であり、特定の文化や人種に依存しないデザインが受け入れられます。Google や Amazon、Instagram など、グローバルで普及している米国発のプロダクトを見ても、いずれもコンテキストに依存しないシンプルなデザインになっていることが分かります。
以下では要素を細分化して見ていきます。
色
色に対して感じる印象というのは各人のバックグラウンドによって異なります。以下の図によると、例えば赤は西洋では愛・情熱を表すポジティブな色である一方、中東では危険を表すネガティブな色であることが分かります。
したがって、米国の多文化・多人種の環境においては、ある文化や人種に対してネガティブな印象を与えないよう、特定の色に過度に依存することは避け、極力シンプルな配色にすることをおすすめします。
イラスト
地域や文化によって馴染のあるイラストは異なるため、イラストのスタイルを変更することで、より現地の文化に適応させることができます。
また、米国において人物のイラストを用いる際は、多様性の担保に特に注意してください。例えば、プロダクト内に出てくる人物のイラストが特定の人種ばかりだと、他の人種の方はネガティブな印象を持つ可能性があります。
Duolingoの人物のイラストは人種や民族など多様性に富んでおり、インクルーシブなイラストを作成する上で非常に参考になります。
アイコン
文化によって、同じアイコンやシンボルでも別の意味を持つ場合があります。例えば「👍」は、日本や西欧ではポジティブな意味合いですが、中東の文化ではネガティブな意味合いとなります。そのため、多様な文化が混在する米国においては、各文化圏の人たちにとってアイコンがどのような意味を持つのかをリサーチすることが重要になります。
情報量
米国では、文字量や情報量が少なく直感的なデザインが受け入れられやすいです。Part 1 でも触れたこんまりのYouTubeの事例ですが、日本版では文字で動画の内容が説明されていますが、米国版では画像のみが並んでいます。
日本では十分な説明に信頼が置かれる傾向にあり、文字情報を使ってしっかりと説明することが多いです。一方、米国では、「言語・コンテンツ」の章で述べた通り英語話者でない人も多いため、言語に依存しなくても情報が伝わるようなローコンテキストなデザインが求められます。
プロダクト名
米国展開において、プロダクト名・ブランド名は重要な検討項目のひとつです。日本のプロダクト名が米国でもそのまま通用するかどうかを確認し、通用しない場合は変更する必要があります。
意味
日本で受け入れられている名前でも、米国だと違った意味に伝わってしまう場合があります。プロダクト名に込めた意味がきちんと伝わっているかどうか、意図せずネガティブな意味に伝わらないかを確認することが重要です。
例えばカルピスは「Cow Piss(牛のおしっこ)」に聞こえるという理由で米国では「Calpico」という名前で販売されていたり、七味は「Shit me」に聞こえるという理由で「Nanami」という名前で販売されていたりします。
意味が正しく伝わるかを検証するには、米国人に直接ヒアリングしてみてフィードバックをもらうのが効果的かつ効率的です。
発音
米国人が発音がしやすい名前かどうかも重要です。発音が難しいとユーザは取っ付きづらく感じます。
実際と異なる発音をされる可能性がないかどうかも確認してください。以下の記事に以前書きましたが、丸亀製麺は初期は「MARUGAME」ではなく「MARUKAME」として出店していました。これは前者だと「マルゲーム」と読む人が多かったからだそうです。
商標
商標は登録された国のみで有効なため、米国でプロダクトを展開するためには米国でも商標を取得する必要があります。
すでに他者によって米国で商標登録されている場合は、日本のプロダクト名を米国でそのまま使えない可能性があります。事例として、LegalForce は2年ほど前に LegalOn に名前を変えましたが、すでに米国で LegalForce の商標が登録されていたことが理由のひとつとして挙げられています。
社会システム
日米間で社会システムの違いは数多くあり、米国の社会システムに適合するように変更していく必要があります。
単位
米国では世界で見てもユニークな単位が使われがちです。例えば重さはポンド、長さはインチやフィートなど。ただ、繰り返しになりますが米国は文化が混ざり合っており、グラムやメートルの方が馴染みがあるといった人も多いです。そのため、両方の単位で入力や表示をしてあげるとよりユーザフレンドリーであり、実際にそのようになっているプロダクトは多いです。他には温度(摂氏・華氏)、通貨(円・ドル)などの変更が必要です。
表記
氏名、住所、日時などは、日米で表記順が入れ替わります。米国のプロダクトを日本で利用する場合に、フォームの順番がアメリカ式のままで入力が不便ということがたまにありますが、そうなるのを避けるために米国での表記法に応じて表示や入力フォームなどを変更しましょう。
法規制
日本のプロダクトを米国展開する際、米国の法律に合わせて機能を変更しなければならない可能性があります。特に金融や医療といった規制産業では、プロダクトを展開するには米国で新たに承認やライセンスを取得する必要があるため、ローンチまでに年単位の時間がかかります。
重要なこととして、米国では州ごとに法律が異なります。プロダクトを展開する州ごとの法律を理解した上で必要な対応をしましょう。米国は訴訟社会なので、慎重に対応することをおすすめします。
また、オンラインのプロダクトの場合はデータプライバシーに気を付けてください。米国は日本よりも個人情報の扱いが厳しいです。こちらも州によって法律が異なりますが、カリフォルニアのCCPA(California Consumer Privacy Act)がEUのGDPRに準ずる厳しさであり、米国で最も厳しいポリシーのひとつなので、こちらを基準に対応するのが安全だと思います。