僕の世界からみた世界
時計を見ると、15分経ってしまっていた。
やっぱり初めての道は、
ナビ通りには行かないもんだ
『ここか…』
見上げるほどの、高いマンション。
古いとはいっても、10年くらいだし
ペット可にするために最近リフォームして
いると聞いたけど
新築のように僕には見えた。
さすが、オススメが上手いな、と
僕は感心した。
説明のときに渡された紙を見ると、
まずは一階の管理人さんのところへ、
とある。
管理人さんが居るなんて、
ますます素敵なマンションだな、
と
まだ外観からしか見ていないのに
既に満足していた。
これから、あと数年だとは思うけど
アマネと二人でここで暮らすのだ。
今年の初めに、虫に噛まれて腫れてしまったとき
病院に行った。
その時獣医さんが、
「高齢になっているから、ご飯はシニア用のものにして、食い付きが悪いときはちょっとぬるま湯で湯がいてあげてね」
と言っていた。
僕の人生の、半分は
いつもアマネがいたのに。
どうして寿命が違うんだろう。
買い始めたときと違って、
実家のみんながそれぞれ忙しくなって
なかなか散歩にも、昔ほどは
いけなくなっていた。
夜なら、僕も連れ出せるのだけど
さすがにその時間、アマネが起きていても
近所に迷惑だよなぁ、と思って
一緒に暮らしてあげたいなぁと思った。
コロナ禍で、在宅の仕事も増えたし、
昼夜逆転したり、夜更かししたりする
僕には
一緒に暮らす、が
一番一緒にいられる選択肢かなと思った。
夕暮れになっていた。
そういえば、夕陽が綺麗だって
ユリさん言ってたっけ。
上を見上げると、
屋上があった。
肩まで位の
髪のある女性が
日が沈むほうを眺めながら、
屋上のバーのところに肘をついている。
カーテンのような、
白いスカートが
柔らかくたなびいてる。
下から僕が見ていることとか、
眼下に広がる東京の世界とか、
あまり見えていなそうに、遠くを見ながら。
眼が悪くて、それ以上は
分からなかったけど、
スカートの色のせいか、
それ以外なのか、何だか光って見えるような
光ってはないんだけど、変な感覚だった。
『…..すみません、203号室、の方ですか?』
目を落とすと、
猫を抱きかかえた女性がこちらを
見ていた。
『すぐいらっしゃるかなと思ったら、
立ち止まったままなかなかおいでにならなかったので。迷ってるのかなと思って声をかけてしまいました。』
『人違いでしたら、すみません。』
僕の中の管理人さん、のイメージと
かけ離れすぎていて、数秒固まってしまった
ので、
彼女は、もう一度間を開けてすみません、
といった。
胸のところに、首から下げるプレートの
ようなものを下げていて
どうやら管理人さんのようだった。
『すみません、ぼーっとしちゃって。
管理人さんて、勝手なイメージで、もっと年配の方がやられてると思っていて。すみません』
アハハと笑ったあと
『数年前に母から引き継いだので、あながち間違いではありません』
と言っていた。
どうぞ、といってマンションに案内された。
ホールは思いの外広くて
昔ながらの紙パックの自動販売機が
今どき珍しく90円、で並んでいた。
あとは、公衆電話。
え、と思ったけど
携帯が繋がらないとか、壊れたときに
管理人や不動産屋さんに掛けて
救われた方がいたらしく
それからそのままずっと置いてあるらしい。
管理人さんは、
僕が気になるな、と思って数秒見ていたものを
先に答えてくれた。
『管理人さん、公衆電話なんて珍しいですね。』
『ホントです。でも、緊急のときはボタンひとつだし、安心のために置きなさいと母がね。居るうちは置いてあると思います。
でも、このマンションには、なかなか似つかわしくて。』
なかなかいいな、と思った。
新しいものばかりに変えられていく
東京。
そんなものが混在しているのが、
素敵だった。
ふとみると、自動販売機の奥には、
腰掛けるスペースがあって
3.4歳位の男の子が、自分の家の中かのように、
くつろぎながら黄色いパッケージの飲み物を
飲んでいた。
『お子様連れ、単身の方、カップルの方、色々な方がいるんです』
『階に合わせて、部屋の広さが違うので。2階は単身の方が多い階ですね。』
そうなんですね、と言っていると、
二階なのですが、エレベーターの使い方も、と言ってエレベーターで
二階へ誘導された。
扉が開くと、
『椿、ごめんちょっと出てくる。』
『また、クール便来るかもしれないからごめん!』
と、女性が走って外へ行った。
『はーい、気をつけて。』
…..…!
椿さんていうのか。
管理人さん…椿さんは
慣れた様子でそう答え、エレベーターを
閉めた。
『この猫、マンチカン、でしたっけ。』
『そうです、よくご存じですね!』
猫の話をしたら、
今までと別人のような表情になった。
『すみません、なかなか、猫かわいいね、とは言われるんですが、種類など言われることがなくて、つい。』
『いえいえ、僕も動物が好きなんで。』
二人は、少し廊下を歩いて、203号室の扉を
開けた。
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