フォーチュンクッキーは語りき
当時のロンドンは見知らぬ街。何もかも目新しくカメラのシャッターを切りたくなる一方で、どこか馴染めない都会でもあった。
はじめてこの街に泊まった夜、お腹を空かせレストランを探していた。どこへ行けばいいかわからず、泊まっていたホステルの周辺をうろつき、中華レストランの前で立ち止まった。正面の窓から中をちらりと覗くと大勢で賑わっており、会話の音が外まで響いてくるようだった。
当時は渡英してまもなく職探しをする前であったため、レストランへ入ることに躊躇し自分で自分を説得する私だったが、お皿にのった温かいご飯を食べたいと思った。いろいろな大皿料理をシェアして食べる他のテーブルを横目に、チャーハンだけ頼ませてもらったのをよく覚えている。
チャーハンを食べ終わった頃だったか、フォーチューンクッキーをもらった。カリっと音をたてて歯で割ったその中には、小さな紙切れが一枚入っている。
赤字で書かれた妙にパワーのあるその文字列をみた瞬間、不思議とその意味するところが誰なのかすぐにわかった。
当時、語学学校に身を置き、4人だけの小さいクラスに通っていた私は、親しくなった3人の仲間が次々と週ごとに卒業し、ついにクラスで一人だけ残り、他のクラスへ移動しなければならなくなった。
新しいクラスは人数が多く、一人だけ途中入りとなった私は、この都会ロンドンと同じく馴染めずにいた。特に苦手だったのが、授業中スマホでメッセージをやり取りしてはニヤニヤ笑っているボーイズ。その一人は悔しくも大変賢く語学も堪能であった。勝手に彼にライバルの火を燃やしていた私は、そのフォーチュンクッキーの示す相手は彼だと悟った。
「穏やかな姿勢が、敵を和らげる」
と解釈した私は、その彼のことをよく知らないままに勝手な解釈を膨らませていた自分をかえりみた。
週明け語学学校に戻り少し経つと、偶然彼も私も同時に修了の時期を迎えた。
最後のクラスが終わり、皆が去った教室で一人になった私。するとその彼が一瞬教室へ戻ってきた。
あのフォーチュンクッキー。
頭をよぎる。実践するなら今がラストチャンスである。
再度教室を出かけた彼に話しかける。そして素直に、彼の語学力・発言の上手さがすごいと思っていたと伝えた。すると彼は文字どおりdisarmしたかのように、柔らかな笑顔で色々話してくれた。
彼はジャーナリスト志望であることがわかり、なんだか納得がいき彼ならできると思ったのでそれも伝えた。
別れ際「今日何人かでパブ行くからよかったらおいでよ」と誘ってくれた。自分自身の心をdisarmせずにして、相手の心をdisarmすることなどできない。そう学んだ私の短い語学学校生活は幕を閉じた。
先日たまたまそのレストランの前を通り、どこかミステリアスなその光に私は再び足を止めざるを得なかった。