ep3 バスステーション -サントリーニ島の冒険-
空港からホテルまで車で10分ほど。ぽかんと外を眺めている間に到着。大きな島ではないのだ。途中、ヴァンを運転してくれたおじさんが「ここを抜ければメインストリートだ」と道を指さしてくれた。
ホテルのレセプションは小さなカウンターになっており、どっしりとしたオーナーらしき男性が立っている。「コーヒーか紅茶か?」とすぐに聞いてくれて、どこでもいいので座るよう促される。
すぐそばのキッチンで、コーヒーを準備してくれるその姿が垣間見える。そのコーヒーと地図をテーブルにのせ、ざっと島の見どころを教えてくれた。まだ聞きなれぬサントリーニの色々な街の名前。私は翌日ミロス島へ移動する予定で、15時のフェリーを予約していた。出発港までの移動手段をまだわかっていなかったため、ホテルの送迎をお願いできるか聞いたところ、今日の空港送迎と同じ15ユーロで可能だという。もっと安いローカルバスで行ける可能性もまだあるため、その場では申し込まず「ちょっと考えます」と伝えると、私に対する興味は失われたようだった。
ついでにローカルバスの時刻を尋ねてみると、バスステーションに行って聞くようにと言われ、タクシーはものすごく高いからね、と言う。バスもタクシーも、ホテルの営業とは関係ないことなので、情報提供は特にしないという感じがはっきり態度に現れていた。そのおじさんがいれてくれた懐かしい味のコーヒーを飲みながら、このホテルが企画運営している日帰りツアーのチラシに目をやる。島の南から北まで連れて行ってくれて、夕日の鑑賞付きで35ユーロ。悪くない。ペーパースイマーのみならず、ペーパードライバーのタイトルも持つ私にとって、誰かが運転してくれるだけで相当ありがたいのだ。こんなツアーまでやっているとは、このホテルはなかなか手広い。
案内された部屋は2階に上がってすぐ。さっぱりと綺麗な部屋で、水道水は飲めないため、大きな水のペットボトルが用意されていた。バルコニーに繋がるらしき両開きの木製扉に気が付き、開け方に試行錯誤するもガバッとあいたその一瞬、この世界の時間が止まった。
明るくも静かな太陽の日差しが中庭に差し込む。
誰もいないプールが見える。
遠くには四角い海。
家々の間を風が吹き抜け、向かいの家の洗濯物が揺れる。
私ははじめてサントリーニに来たのだと実感した。
嬉しくなって靴下のままバルコニーに出る。バルコニーから海が見えたらいいなと思っていたので、自然と笑みがこぼれた。現地時刻は17時を回っており、日没まであと1時間。まずは明日のフェリーに備えて、港までの交通機関を確保しなければ。休む間もなく不要なものを部屋に置き、街へくりだす。
先ほど教えてもらったすぐ近くの坂を少し登ると、もうそこは首都フィラのメインストリートである。レセプションのおじさんが勧めてくれたレストランの前を通り、メニューをちょっと見てみようと立ち止まる。すると客引きの人がすぐに近づいてきて「入れ入れ」とゴリ押しである。実はホテルの人に勧められたんだと伝えると「どのホテルだ?ワインをご馳走しちゃる」とさらにノリノリである。しかしバス調査のミッションを思い出し、強気な客引きのおじさんをなんとか後にする。
バスステーションはただの駐車場のようなところで、大型バスがひしめき合う中、バックパックを背負った人々が行き交っている。バスのフロントウィンドウに行き先の書いた紙が貼ってあるものも数台あれば、Local bus(ローカルバス)としか書いていないものもある。いわゆるバス停なるものは見当たらず、一見、ただバスが駐車しているだけの場所に見える。どのバスに乗ればどこへ行けるのか、滅法わからない。実は翌日から毎日このバスステーションに足を運ぶことになる私は、徐々にこのバスステーションの魅力を見い出していくのだが、この時は眉間にシワを寄せて、キョロキョロと周りを見渡すばかりであった。
小さな小屋みたいなところがどうやら事務所のようだ。デニムのジャケットを着て大きな黒縁メガネ、黒髪パーマの髪を束ねたお姉さんに「明日港へ行くバスを探している」と伝える。私が質問する度、彼女は笑い飛ばすかのように口を開き、馬鹿にされているのか、私の必死の質問が面白いのか、少し嫌な気分になるも私にはこの情報がライフラインある。窓口は一つ。このお姉さんに頼らざるを得ない。港行きのバス時刻は11:30と14:15の二本のみと判明。どちらも早すぎるか遅すぎるで、困ったなぁ。隣の土地には高いと噂のタクシー乗り場。港までの乗車料を聞いてみると25ユーロだかで、話にならんとすぐに値段を忘れた。
ひととおりの情報がそろったところで、お店の立ち並ぶ賑やかな通りに足を踏み入れる。お土産屋、ジュエリー屋が多いだろうか。サントリーニらしく、青を基調としたものが多い。海外一人旅を始めた頃の私なら、両親や友達にお土産を買いたくて、到着早々お土産屋を覗きに行ったこともあったが、今はそういった欲がなくなり、あると言えば現地のコーヒーを飲みたい欲だ。
よほど大事な話をしているのか、小鳥が鳴き止まない木の下の狭い通りを抜けると、目の前には海。ここは地中海と呼んでいいのだろうか。その青さはいとも簡単に視線を奪う。大きなクルーズ船や火山であろう島も見えた。サンセットが近く、既に空は優しいオレンジに染まり始め、やわらかく夜へと塗りかえられていく。緩やかな水平線を目視できる地中海を訪れるたびに感じること。それは自分が地球にいて、太陽が沈むのではなく、地球が自転しているということ。天体の動き、宇宙から見た自分の立つ場所。青い海が拡がる星。そんなことを身体で感じられる。普段、都会のビルの隙間に隠れていると感じられぬこと。
このオーシャンビューから離れられるわけがなく、短い散歩をすることにした。
ここまで読んでいただき、誠にありがとうございます。
今この記事を書いている私の背後で、Have a safe travel to Greece(ギリシャまで気をつけてね)、という声かけが聞こえてきて、これからまさにギリシャへ向かう方がいる様です。
「サントリーニ島の冒険」は、100ページを超える手書きの旅誌をもとに、こちらnoteで週更新をめざしています。
コーヒーを逃し寝てばっかりのフライト、一つ前の記事はこちらです。