「アッレグリ、さよならなんかは言わせない」
1 アッレグリは何をしたのか
過大評価と過小評価、それが第2次アッレグリ政権には常につきまとっていたように思う。
過大評価というのはアッレグリならもっとできるはず、1年では無理でも2年、3年あればかつてのように常勝チームを作り上げるはずだという捉え。そこには選手層やチーム経営は考慮されていない。
過小評価というのは「アッレグリは実は十分にできる限りの仕事をしていたのではないか」という捉え方。歪なチームのスカッド、ピッチ外で山積みの問題を抱えながらも設定した目標は達成してきた。しかし、現実的な目標(CL出場権を確保)を口にするたび、「ユベントスの監督にあるまじき発言」と批判をされた。
2 「志向するサッカー」
グアルディオラがバルセロナと作り上げた「ポジショナルプレー」がサッカーの「正義」となって10年と少し。世界中の指導者だけでなく、子どもたちもボールを保持して攻撃の主導権を握ろうとするサッカーが「良いサッカー」だという捉えを多くの人々が持つようになった。
アッレグリは選手に「理に適った適切な判断」を求め続ける。自分がとるべきポジション、実行すべきタスクは自分で判断する。個々の適切な判断の積み重ねによって、チームとしての強さが生まれる。
アッレグリの誤算は考えていた以上にチームのバランスが悪かったこと。ポジションによっては薄すぎる選手層、そして「理に適った適切な判断」を求めるには若い選手が多いチームだったこと。
若いチームはアッレグリが持つ古来からのイタリア的な発想(負けないことが最も重要なこと)で包まれた「理に適った適切な判断」を実行し、失点のリスクを極端におさえたサッカーを展開した。その結果はスクデットもとれるのではないか?というチームの総力以上の結果を積み重ねた。
しかし、アッレグリ・サッカーは「正義」ではないと捉えられた。(表面上)退屈で面白みがないアッレグリ・サッカーは「見るに耐えない」と評された。
2024年に入り、スクデット争いに敗れ、CL出場権も確実となった時点でチームはそれまで手にしていた結果をも残せなくなってしまった。フロントは勝ち点がとれない「見るに耐えない」サッカーよりも、モダンでポジショナルなサッカーを展開する監督を選択しようとしたことは理解できる。
ニュースをそのまま信じるのであれば、SDのジュントーリは来季アッレグリではなく別の監督を選択。それを他チームの幹部に話した。アッレグリはその幹部から話の内容を聞いてしまったとのことらしい。アッレグリがジュントーリやフロントに対してどう思ったのかは想像に難くない。
そして、5月16日のスタディオ・オリンピコの夜が大混乱をもたらした。
3 オリンピコの夜
詳細は省くが、ユベントスは勝った。アタランタを下し、コパ・イタリアに優勝した。そして、そこでアッレグリは暴れまくった。今までのフラストレーションをすべて爆発させたのかもしれない。
・審判団への猛抗議、退場へ
・記者への度を超えた脅し(後に和解)
・ジュントーリとのコミュニケーションを拒否
アッレグリは優勝の翌日に解任された。
ここから先は想像するしかできないが、フロントにとって、このオリンピコの夜は都合のよい出来事だったのかもしれない。すでに離別を決めた監督がCL出場権獲得とカップ戦優勝と十分すぎる結果を残してしまった。解任するにせよ、契約年数分の給料は当然払わなければならない。「ユベントスの監督としてあるまじき行為」と糾弾すれば、フロントは離別を正当化できると考えたのかもしれない。あわよくば給料も払う義務を放棄できるかもしれない。
4 終わりに
来季はモダンでポジショナルなサッカーを志向するチアゴ・モッタが監督就任が濃厚だ。これでカンビアーゾやミレッティ、イルディズなどはより自分の良さを出すことができるようになるかもしれない。
一つ気がかりなのは監督と選手たちの間で重要なことは「志向するサッカー」だけではないということ。「志向するサッカー」が同じでも、監督が違えば結果は大きく異なる。つまり、結局は監督と選手がよい関係を築けるかどうかが最も重要なことである。あのオリンピコの夜、アッレグリと選手たちはいろんなことを乗り越えてとても美しい関係に見えた。この関係をぶった切って新しい監督を選択したのが来季のユベントスである。
アッレグリの最後はフロントから「さよならなんかは言わせない」という対応をされた。不幸で悲しい別れ方であったが、どうかまた次のチームを見つけて、外から見ててもよくわからない不思議なアッレグリ・サッカーを展開してほしい。そして、やっぱりアッレグリを敵に回して戦うのは避けたいと素直に思う。