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【名前のない店】第4話:選ばれし者の証

——暗闇。

意識はある。だが、体の感覚がない。

重力もなければ、温度もない。ただ、深淵の中に沈み込んでいるような感覚だけがあった。

(……ここはどこだ?)

思考しようとするが、まるで霧の中にいるように頭が働かない。

しかし、その静寂を切り裂くように、声が響いた。

「——受け入れるか?」

低く、重い声。

それがどこから聞こえるのかもわからない。だが、問いかけられているのは確かだった。

「受け入れる……?」

蘭は反射的に呟いた。

その瞬間——

ズンッ!!

何かが、頭の中に直接流れ込んできた。

それは、映像。

——広がるのは、一つの「街」。

だが、それは蘭の知る街ではなかった。

どこか違う。

時間が止まったような、不自然な静寂。

風は吹かず、空は不気味な灰色に染まっている。

道を歩く人々の姿はなく、街はまるで「作り物」のように静まり返っていた。

しかし、唯一動いているものがあった。

影。

街のあちこちに張り付くようにして存在する、黒い霧のようなもの。

それが、不気味にうごめいている。

そして——

その中心に、「あの店」があった。

——カランッ。

扉の開く音。

蘭は、見覚えのある店の中に立っていた。

昨日訪れたはずの、あの無名の店。

しかし、店内は昨日とは違っていた。

棚には何も置かれていない。カウンターには本もない。

あるのは——

巨大な鏡 だけだった。

鏡は床から天井まで届くほどの巨大なものだったが、不思議と違和感はなかった。

むしろ、それがここにあることが当然であるかのような感覚さえする。

蘭は、ゆっくりと鏡の前に立つ。

そこに映るのは、自分の姿——

だが、何かが違う。

背後に——

“何か”が映っている。

黒い影。

あの異世界で見た、黒霧に包まれた存在。

影は鏡の向こうから蘭を見つめ、そして囁く。

「お前はすでに選ばれた。」

——選ばれた? 何に?

蘭の頭に、昨日の記憶が蘇る。

突然現れた店、無名の本、不気味な言葉、そして——

昨日の店とは違う、扉の向こうに広がっていた異質な世界。

あの時、蘭は**「扉の先へ進むことを選んだ」**。

そして今、また同じように「選択」を迫られている。

鏡の中の影がゆっくりと手を伸ばす。

それは、こちらへと誘うように。

蘭の胸の奥に、説明のつかない感情が渦巻く。

恐怖、疑問、好奇心——そして、確信。

「触れれば、すべてが変わる。」

それがわかる。

選べ。

選ぶのは、自分自身だ。

蘭は、深く息を吸い込んだ。

そして——

手を、伸ばした。

——ザワッ……!

鏡の表面に触れた瞬間、世界が震えた。

それは水面のように波紋を広げ、蘭の手を包み込んでいく。

「……っ!」

引き込まれる——!

蘭は咄嗟に後ろへ引こうとした。

だが遅い。

鏡が一瞬にして黒い霧へと変わり、蘭の体を呑み込んだ。

そして——

——ズシャアアアアアアアアアア!!!!

視界が真っ暗になった。

——気がつくと、蘭は地面に横たわっていた。

目の前には、見知らぬ空が広がっている。

黒く、どこまでも広がる虚無の空。

まるで、世界の果てにいるような感覚。

「……ここは……?」

蘭はゆっくりと起き上がる。

そこに広がっていたのは、見たことのない風景だった。

灰色の大地。

無数にそびえ立つ巨大な塔。

どこからか聞こえてくる、人の声のようなもの。

しかし、それは「会話」ではない。

悲鳴、嘆き、ささやき——

無数の「声」が入り混じり、蘭の耳にまとわりつく。

その時——

目の前に、ひとつの存在が立っていた。

それは、鏡の中で見た黒い影とは違う。

黒いローブをまとい、顔を深くフードで隠した者。

ゆっくりと、そいつが口を開く。

「お前は、新たな“観測者”となる。」

——観測者?

蘭が問いかけようとした瞬間、そいつが手を伸ばした。

次の瞬間——

——世界がひっくり返った。

(次回予告)

「蘭に課せられた“観測者”の役割とは?」
「この世界の正体とは?」
「『名前のない店』の本当の目的とは?」

次回、物語はさらなる深淵へ——

「第5話:鏡の向こう側」

蘭は、自らの選択の意味を知ることになる。

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