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死体洗いの話。

地方に出稼ぎに行っていた時のことである。

そこはきれいな海と温泉街があるとても気持ちのいい田舎だった。
温泉街の路地を曲がると、そこには石鹸の香りがする古い建物が数件ある。
そう、大人の楽園ソープランドだ。

私はその大人の楽園街にある、明らかに男性の大事な部分を想像させる異様な名前のソープランドでしばらく働くことになっていた。
とても気持ちのいい潮風が吹き、和やかな時間が流れているそこは穏やかな客層を想像させ、期待しながら接客していたある日の事である。

‘’プルルル!プルルルー!‘’大きなコール音が待機中の室内に鳴り響いた。「写真指名のお客様90分です!お願いします!」私は大したやる気もなかったが、少し高めの声で「はーい」と答え、お出迎えの準備をした。

‘’コンコンコン‘’扉をノックする音とともに私は「はーい!どうぞ!」と答え扉を開けた。
そこに立っていた男は、細身で少し陰のオーラをまとった中年男性だった。
「初めまして!こんにちは!どうぞ」私はその陰オーラを纏った中年男を部屋の中に案内した。

「こんにちは!今日はとっても暑いですね!ホントまいっちゃいます!お兄様は今日はお仕事お休みなんですか?」テンプレのような質問をする私に、その中年男は意外にも丁寧に答えてくれた。

「はい、今日はとても暑いですね。すごく汗かいちゃいました、、、。今日は仕事は休みで息抜きに来たんす、よろしくお願いします。」見た目は多少怪しい雰囲気もあるが、どうやら中身はいい人っぽい。数年接客業をしてれば何となくは分かるようになってくるものだ。

「普段お仕事は大変ですか?今日はたくさんお癒し出来れば嬉しいです!」「ありがとう。お姉さんもお仕事大変じゃないですか?」意外にも気を使ってくれる男である。「ありがとうございます。大変ですが、なかなかやり甲斐のある仕事ですよ!」

「そうですよね、実は僕も若い頃とても苦労してたので、いろんな仕事を経験したんですよ。高時給のアルバイトをしてました。」男は少々渋い顔をしながら話始めた。

この令和の時代だと闇バイトとかいう、高時給だが犯罪まがいの恐ろしい仕事もあるようだが、昔からある高時給のアルバイトというのは想像力の乏しい私にはマグロ漁船に乗るとか、その程度しか思い浮かばなかった。

「マグロ漁船とか…?」「いえ、違うんです。世の中には本当におとぎ話みたいな仕事もあって…」

考えてみればソープランドもおとぎ話みたいな話だ。風俗嬢という仕事もそのジャンルなのかもしれない。だが、男性がする“おとぎ話みたいな仕事”というのはどういう仕事なのだろうか?

「どんなお仕事されていたんですか?」恐る恐る聞いてみた。「多分今はもう無いんじゃないかな…?昔はね、びっくりするような仕事があったんだよ」

「今はさ、闇バイトとか色々あるけれど昔もやっぱり怪しいバイトみたいなものがあって…僕はね、知り合いの先輩に紹介された日給10万円のアルバイトをしてたんだ。」

日給10万円とはすごい。「日給10万円ですか?結構高額ですね、どういうお仕事だったんですか?」男は少し勿体ぶるように話し始めた。

「うん、でもやっぱり普通の仕事じゃなかったんだ。それはね…本当にもうやりたくはない仕事。」

「…変な暗い隔離された土地に指示を受けて行くんだ…。」

思いの外、危険そうな仕事である。「え、指示を受けて行くってもうそれ闇バイトじゃないですか…。でも違うんですよね?」

「うん。そうなんだ、行ってみるとさ、そこは本当に異世界。まず暗くて異臭がするんだ。そしてね…」淡々と話を続ける男だったが、その話に興味があった私はのめり込んで聞き入っしまった。

「そうするとね、隔離された部屋に案内されて、そこに入ると白くて冷たい人間が寝ているんだ、そう、、、死体。」

私は思わず声を上げてしまった「ひぇっ…」男は話を続けた。「その隔離されている部屋に入るとベッドの上に青白くなった冷たい人間が寝ているんだ。つまりそれを洗えって事なんだけど…。」本当にそんな仕事があるのかと私は脅かされた。

確かに昔そのような仕事があったと小耳にはさんだことがある気がしなくもないが、そのような仕事があるのだとしたら本当に“おとぎ話みたいな仕事”である。

「それでね…その死体を綺麗にしろって事なんだけど、やっぱり死体が若い女の子でも流石にキツイものがあって、食欲もさらさら沸かないし性欲も沸くなんて事もない。だって冷たいし亡くなっているんだよ…。それをね、綺麗に洗ってあげないといけないんだ。」

流石の私も少し顔が引き釣った。

「私らはそういう仕事なんだ、そう、死体洗い。」

「っ、、、、。」驚いた私は言葉が出なかった。 死体洗いなんて昔の怪談話くらいでしか聞いたことないし、実際にあった仕事だなんて誰しも聞いたことの無い話であろう。

「まぁ、そうですよね…。世間一般的には出回っている仕事ではないと思うし、今の時代になれば流石にこんな仕事もう無いと思います。昔だからってだけですよ、昔はなんでもありでしたからね。」

今となっては確実にないであろう仕事を経験したその中年男性は、すべて話し終えた後、どこかスッキリした様子だった。

世の中にはたくさんの職業や仕事があるが、闇バイトや死体洗いのように知られざる仕事も多々あるのだ。このご時世、税金も跳ね上がり物価高騰などで厳しい生活を強いられてしまった方も多いと思う。

お金に困った若者が犯罪まがいの闇バイトなどに手を出すことはあってはならないと思うが、この死体洗いや風俗嬢という仕事も半分グレーであり“おとぎ話みたいな仕事”なのだ。

10年前の私は風俗嬢という仕事をしているなんて一ミリたりとも思っていなかったし、なんならそういう仕事があることすらも知らなかった。この中年男性もまた、死体洗いという仕事があるなんて知らなかったであろうし、闇バイトに手を出してしまった令和の若者達もまた、こんなに恐ろしいことに手を染める事になるだなんて思ってもいなかったのではないだろうか。

“おとぎ話みたいな仕事”である死体洗いの仕事は果たして今でもあるのだろうか?

もしかしたら“闇バイト”として“死体洗い”の仕事があったりするのかもしれない…。


皆が知らない世界、仕事はまだまだあるのである。


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