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フリー60分自宅の田中

♪〜♫〜
待機中お酒を飲んで寝ていたところにコール音が鳴り響いた。

「はい…」「あ、お疲れ様です!お仕事入ったのでお迎えにいきますね!」「はーい…」

もう残り10分程で上がりの予定だった。こんなギリギリの時間帯に入れてくるなよ…と思ったが風俗業界は時給や日給ではなく完全歩合な為にお客様を相手しないとお給料は0なので、ギリギリに入ってくるお客でもありがたく受けるしかないのである。

「ご自宅フリー60分田中様です!」「わかりましたー」

“自宅フリー60分”なんて嫌な予感しかしない。
ちなみに田中という名前は、風俗店を予約するときによく使われる苗字No.1だ。

デリバリーヘルスのお客様は変な方も多い為、女の子によっては自宅やビジネスホテルをNGにしている子も多い。

だが、個人的には自宅派遣は嫌いではない。確かに古いボロアパートやゴミ屋敷みたいなヤバイ家に派遣されることも希にあるが、基本的には自宅に女の子を呼べる程度の小綺麗なお家やタワーマンションに派遣されることの方が多いからだ。

ササッとお仕事バッグを準備して迎えに来た車に乗ると、15分ほどで目的地のご自宅に到着した。

とても立派な3階建ての一軒家だ。

「ピンポーン…」「はいどうぞ」

玄関のドアを開けるとそこには50代後半くらいの中年男性が迎えてくれた。中肉中背で優しそうな雰囲気だが、どこか少し疲れているような様子だった。

「こんばんは、今日はよろしくお願いします。」「はい、よろしくお願いします。実はこういうのは初めてでして…」と男性はデリヘルが初めてだということを話した。

「そうなんですね、大丈夫ですよ。今日は楽しみましょう!」私が社交辞令的な営業トークをかますと「ちょっと緊張しているのでお酒を飲んでも良いかな、一緒に飲みませんか?お酒は何が好きですか?」と聞いてきたのでオススメのお酒を頂く事にしたのだが、出てきたのは高級そうな金箔入りの梅酒だった。甘くてすごくおいしい…。

お酒は好きなのでお客様と一緒に飲む事もあるが、デリヘルはエッチなサービスをするだけでなくお酒を飲んだりお話をしたりご飯を食べたり、デートをすることも出来るのだ。

金箔入りの梅酒が美味しくて、ついつい飲みすぎてしまいそうな勢いだった。お客様の中年男性も数時間前から飲み始めていたようで少々酔っている様子だった。

「かれんちゃんは何でこのお仕事をしているの?」

なぜこの仕事をしているのか…そういう質問はこの仕事をしていると結構聞かれる事がある。まぁ、正直に言えばもちろん生活をする為でもあるし、飲み代だったり欲しいブランドバッグを買ったりホストクラブに行ったりする為である。

だが、こう言う質問をされたときはだいたいの風俗嬢達は夢を壊さない為にも『学費の為』や『シングルマザーで子供の為に』や『将来の夢の為』と言うであろう。

「うーん、そうですね。私は写真が好きなので、将来写真スタジオを作りたくてその為にお金を貯めています。」

正直、めんどくさいお客に対しては適当に答えるのだが、今回はお酒が少し回ってきたこともあり結構真面目に答えてしまった。将来写真スタジオを作ることは本当に私の夢ではあるが、あまり人に話したことも無いし意外と現実主義者なタイプなので、写真で食べていくことは無理だろうと考えていたし、夢ではあるがリアルに現実になるようなことでは無かった。

♪~♫~♪~

アラームが鳴った。

「あ、ごめんなさい!60分だったので残り時間があと少しで!まだ何もしてないのでとりあえずシャワー浴びましょうか!!」私からすればお酒を飲んでお喋りをしているだけでいいのだが、流石に何もしてもらえなかったとクレームが来ても困るのでシャワーを浴びるように誘導した。

急いでシャワーを浴びて寝室へ移動し、プレイの体制に入る。寝室にはディズニーキャラクターのぬいぐるみなどが飾ってあり、少々やりづらい空気だった。どうやら娘様の物らしい…。

私は大きなミニーマウスのぬいぐるみを横目に、一般的な基本プレイで中年男性の下半身を快楽に導いた後、無事終了した。

「すごく気持ちよかった。こんな体験は初めてだよ、本当にありがとう!」初体験だったということもあるだろうが、中年男性はすごく満足してくれた様子だ。終了の時間も迫ってきたので、そのままシャワーを浴びて散らかったお仕事グッズを鞄に詰め込んでいた。

「あ、あのっ…これ!」中年男性がおもむろに15cm程の木箱を私に差し出してきたのだ。「どうしました?これ何ですか?」

何故か木箱を私の目の前に差し出し、ぱかっと蓋を開けると、そこにはなんと1万円札が札束となって入っていたのである。

「?!?!え?どうしたんですか?なんですか?!」

私が咄嗟に反応すると「今日は本当にありがとう。とても気持ち良かったし、すごく良い体験ができたよ。少しだけどこれで将来写真スタジオを作る足しにでもして下さい。」そう言って約30万円ほどの現金を渡してきたのである。

「えっ?!?!いやいやっ!?流石にこんなの頂くわけにはいかないです!そんなつもりで話したわけでもないですし!!!」

流石にびっくりしすぎてどういう反応をすれば良いのか分からず、とりあえず丁重にお断りしたがそれでも中年男性は引く様子は無かった。

「いや、いいんだよ。こんな経験もさせてもらって頑張ってるだろうに、夢を応援したいんだよ。少ないけれど、少しでも足しになればいいだろ?」

20数年生きてきたが、数十万もの生現金を押し付けられたのは初めてである。確かに30万もの現金を頂けるのであれば万々歳だが、はいそうですかそれでは…。と軽々しく貰える金額ではない。こういう時プロの港区系女子や頂き女子であれば可愛くおねだりをして金額を上乗せしてもらったり、巧みな色恋テクニックで相手をメロメロにしてもっと大金を頂いちゃったりするのかもしれない。だが、私にはそんなテクニックなどあるはずも無いしだだの限界風俗嬢だ。

しばらくどうしたらいいのか困り果てた後、終了時間も迫ってきていた為、連絡先を交換して約30万円程の生現金はありがたく頂く事にした。

なんて神様みたいなフリー60分の田中。

「あの…、本当に良いのですか?ありがとうございます。大切に使わせて頂きます!」「いいんだよ。夢に向かって頑張ってね。」「はい、もちろんです!連絡しますのでまた必ずお会いしましょうね。」

そう言って60分はあっという間に終了した。お別れの挨拶をして田中の自宅を出た後、迎えに来た送迎車に乗り込んだ。手元にはフリー60分のサービス料金とは別に、生現金30万円を使い古した長財布に大切にしまっていた。仲良しのドライバーさんだったが、流石にそんな話をする事もできず、なんだが強盗か犯罪か悪い事をしたかのようなドキドキ感とソワソワした感覚が体中に走り、心地が悪かった。

業務終了後、お給料を受取ってお財布の中にあるお札を数えながら今日の出来事を思い返す。
数年やってきたこの仕事でこんな出来事があったのは初めてのことだ。いつも何気なくお客様の相手をして、気持ちよくさせるという単純作業をするマンネリ化した感情が、今回の出来事によって考えさせられたのだ。

仕事は真面目にしている方だ。だがそこに気持ちがあるわけでもない、ただの単純作業だと思ってた。それでも私達の存在はお客様にとって最高の時間だったり夢を与えていたのかもしれない。冷静になって考えればそうだ。一般では考えられない事をわざわざお金を頂いてサービスとしてやっているのだから、自分が自覚してなくとも私達は夢を与える仕事なのである。

私がいつも通り行った一般的なサービスが、田中にとっては凄く貴重で最高な時間だったと感じてくれたのかもしれない。そしてまた私も田中に夢を与えてもらったのだ。

自分が何気なくやっている事、作業、仕事、気遣い、そういう事が誰かにとっては凄くありがたいことであったり、感謝することだったり夢を与える事なのかもしれないし、知らないところで皆誰かに必要とされていたり感謝されているのである。

そして何より、田中がそれほど喜んでくれたことが私はとても嬉しかった。


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