やってみるということ。
今の時代、様々な情報が各種SNSを通じて手にいれられる。私の好きなインスタの動画は、メイク動画、絵を描く動画、工作動画である。1分程度の尺に早送りの動画を見ると、いともかんたんに可愛いメイクを仕上げたり、美しい絵を描いたり、粘土で自在に人形の顔を作り上げたりする。まるで自分でも容易にできるかのようにみえる。
こんな経験をしたことはないだろうか。スポーツを見ていて、例えばサッカー。ゴールを外した選手に『何やってんだ!今のは決めろよ!』とテレビ越しに怒鳴ったこと。例えばゴルフ。『あーー。今の外すか?』とテレビに向かって話しかけたこと。
動画だけを、スマホやテレビ越しで見ていると容易に見えてしまうことが多々ある。テレビよりもスマホの方が、その傾向があるかもしれない。身近な存在である分、スマホの中の人物や出来事がまるで自分の身の回りのことのように感じる。
ただ、当たり前のことだが、自分が実際にやってみると、メイクはうまくいかないし、絵もそんなにサラサラ描けない。サッカーはゴールを決めるどころかボールを蹴っただけで足は痛くなるし、ゴルフはボールがかすりもしない。自分で実際にやってみると、普段容易に見えていることや、簡単に批判していることがいかに難しいかということがよくわかる。
そんな基本的なことを忘れたくないから、「とりあえずやってみる」という姿勢をなくしたくないと思う。
「とりあえずやってみる」と、そのものの奥の深さを知ることもできる。
ラジオ好きが派生して始めたPodcastは、始める前と始めた後でラジオの聞き方が大きく変わった。ただ面白いと思っていたオールナイトニッポンや、アマチュアポッドキャスターのラジオの構成が気になるようになった。どの間で話して、どのくらいの話の深さや、話の繰り返しがウケるのか。声のトーンはどうか、ジングルを挟むタイミングはどうしているのか。オチへの持っていきかたはどうか。ただ聞いて面白いよりも、さらに一歩深い面白いに足を踏み入れたのではないかと思う。
だから私は、noteを始めようと思った。
小さい頃から友達が少なく、本をよく読んでいて、普段から妄想も多い私だが(だから好きな本のジャンルもファンタジーが多い)、文章を書いたことはほとんどなかった。文章を読むのが好きだから、書いてみることでさらに本、文章が深く好きになれるのではないかと思う。ボールがかすらない程度の実力なのでお目汚しではあるが、見せることもまた、上達への一歩だという。いつか、さらさらと文章をかいて、誰かでもできるなこの程度の作文。と思われる日を夢見ている。
今日はこの辺で。