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「自らを問う」ことのミステリー #PIECESの本棚
私はいま、PIECESをはじめ「メンタルヘルス・対人支援」を軸とした組織から、お仕事をいただいてご飯を食べています。
持つスキルがデザイン領域中心なため、直接誰かに手を差し伸べるというよりはものづくりを通した間接的な関わりが主。とはいえ、この領域には前から関心を強く持っていたし、大きなやりがいもある。
ただその一方で、何か漠然とした不安を感じることがありました。
漠然とした不安とはなんだろう?
今の私は前よりもうんと、人や社会のために「良いこと」を目指し、取り組めているはず。なのに何が不安なんだろう…?
そんなことを悶々と考えていた時に出会った本を、今日は紹介したいと思います。
「春にして君を離れ」アガサ・クリスティー
ミステリー小説の歴史的名手、アガサ・クリスティーのあまり知られていない小説で、殺人は起きない、探偵も出てこない、アクションの起伏も少ない(主人公がひたすら鉄道にのって考え事をするだけ)…というかなりめずらしい作品。
中流家庭に育ち、弁護士の夫、三人の成人した子どもたちに囲まれ、非常に満ち足りた気持ちで過ごしていた主人公ジョーン。自分は完璧な妻であり、母であり、完璧な家庭を築き上げた。なぜなら自分はすべて完璧に賢く振る舞っていたのだから。
ある日、主人公は遠方に嫁いだ病気の末娘の看病を完璧に終えてきた途中、ある鉄道宿泊所で足止めに合う。
手持ちの本は読み尽くしたし、話し相手もいない。
何もすることがない宿泊所で主人公がひとり、考えをめぐらせることで得てしまったひとつの”気づき”が、この小説が描く「冷ややかなミステリー」です。
「私のほうが娘のことをずっとよく知っているはず、だって母親ですから」
ミステリー小説にそれほど明るくなく、著者のファンでもなかった私ですが、この作品は読み始めたら一気に一晩ほどで読破してしまいました。
小説の語り手は、主人公の気づきに対してとても冷静に、客観的に描写している文章にも関わらず、どうにも主人公が他人事とは思えない。
そうか。私が漠然と感じていた不安とは「良いことをしているはず」という考えに甘えて、「自分で自分を問う」ことが出来なくなっていたことへの危機感だったんだ。この小説からそんな背筋がぞくっとするような気づきを得たのでした。
実は、作家・演出家の鴻上尚史さんが連載している人生相談にこの小説を紹介している回があります。
「友達に絶交されました」という読者の相談へ対して、丁寧に段階的に説明している文章からも人間性が滲みでる、何度も読み返したくなる文章です。
私の紹介なんかより、ずしっと重みを持つこちらのコンテンツもぜひ読んでみてください。
今日の担当:長谷川真澄
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