働き方とは暮らし方である
愛犬・きなこが危篤状態になり、しばらくの間、夫婦ともに完全在宅で仕事をしていた。リビングのきなこのケージの隣に布団を敷き、看護・仕事・仮眠を交代でこなしながら数日を過ごした。
最期を迎えたのは平日の夕方だった。夫婦ふたりで泣き叫びながら看取った。嗚咽しながら、でも冷静に、きなこの身体を浄め、ペット葬儀社を手配し、きなこを見送るための棺になる箱と生花を買いに行った。この数日をずっと夫婦一緒に過ごせたから、冷静でいられたし、いろいろな意思決定と行動ができた。私ひとりでも、夫ひとりでも難しかっただろうと思う。
火葬は翌日の午前中になった。きなこと過ごせる最後の夜だというのに、私たちは仕事をしていた。どうしても外せない、期限の迫った案件をお互いに抱えていて、泣きながら仕事をしていた。
夫は「何でこんな時にまで…。何のために働いてるんだ…?」と言って泣いていた。それを聞いて、私も泣いた。
翌朝、私は早朝に起きて、火葬の時間に間に合うように、通常よりもうんと早く会社へ行った。どうしても仕上げなければいけない仕事だけを片付けて、皆が出社してくる前に会社を出て、通勤ラッシュの流れに逆らって家へ戻った。ゆうべ夫が言った「何でこんな時にまで…」という言葉がずっと頭にこびりついていた。
家へ戻り、夫婦で棺を飾り、火葬場へ向かった。おもちゃやおやつと一緒に、花をたくさん入れた。夫の生花の扱い方が手馴れていた。この日はちょうど梅雨が明けるタイミングで、玄関を開けたら嘘みたいな青空に大きな雲が浮いていた。
ペット葬でよくある合同葬とか、ボックスカーの出張葬とかではなく、ペット専門の火葬炉施設のあるところで立会葬にした。こういうのは亡くなった本人の意思とか関係なく、遺された者のエゴで決めるものなんだな、と改めて思った。人間の火葬と同じように、これがどこの骨で、ここはこうで、と担当の方が説明して下さりながらのお骨上げ。きなこの遺骨は思っていた以上に小さくて、可愛らしくて、愛おしかった。
帰りにお蕎麦を食べた。ここ数日は2人ともろくに食べていなかった。久しぶりに「食べようか」という気になって、食べた。美味しかった。美味しかったね、また来ようね、なんて話しながら、お骨壺を抱いて帰った。
この、火葬をした日から1週間経った。きなこの気配がしない、やたら広くなったリビングにも少しずつ慣れてきたし、私は月曜から通常通りの勤務に戻っている。
夫は在宅勤務期間を長めに申請していたので、今週はずっと家にいた。私も週3出社が「通常通りの勤務」なので、週の半分以上は家にいた。
ちょっと遅めに起きて、洗濯機を回し、ソファーでPCを開きながらコーヒーを飲む。夫も起きてきて、昼食を作ってくれる。TVを観ながら一緒に食べて、また仕事する。ひと段落ついて、寝転んだりしてみる。メルカリに出していた未開封のドッグフードが売れたので、梱包してコンビニへ行く。夫が掃除機をかけてくれる。ふたりでスーパーへ食材を買いに行く。帰宅してから、またちょっと仕事して、夕食を作って食べる。
きなこが居なくなった寂しさは抱えつつも、「暮らす」ことと「家の仕事」と「会社の仕事」がシームレスに繋がっていて、心地の良い日々だった。平日の昼間に夫と一緒に居られて嬉しかったし、つい週末に後回ししてしまうような家の雑務も片付いて気持ちよかった。
きなこを迎えてから、生活が大きく変わった。新卒で一人暮らしだった頃のタスクなんて「会社の仕事」のみで、家は入浴と睡眠のためだけの場所だった。結婚してからは「家の仕事」が追加されて、きなこが来てからは「暮らす」ことが最優先になった。家にいて、家族の時間を持つことが何より大切になった。この感覚はたぶん、私と夫のふたりだけで暮らしていたら芽生えていなかったと思う。
1人暮らしのとき:会社の仕事
新婚時代:会社の仕事≒家の仕事
きなこが来てから:暮らし=家の仕事>>>会社の仕事
冒頭の、「何でこんな時にまで…。何のために働いてるんだ…?」という事態は、避けていてもおそらく来るときには来てしまうけれど。まあ、端的に言えば(言いたくないけれど)、今回は「人間じゃなくペットだから」なんだけど。私たちは私たちの暮らしのために働いている。私たちの幸せのために働いている。あれは本当にしんどかった。きなこは悪くない。会社も悪くない。クライアントも悪くない。誰も悪くないのに、あのとき泣きながらでもやらなかったら、たぶん私たちは悪者になっていた。
私たち夫婦は、勤め人としてはたぶんあまり優秀ではない。私はとにかく通勤が嫌で週3出社。夫はとにかく早起きが嫌で午後出社。どちらもフレックス。というかフレックスじゃなきゃ無理。勤務形態に融通が利くから今の会社にいる、と言っても過言ではない。
そんな感じなので、たぶん一般的な会社員の人たちより労働時間は少なめ、だと思う。むちゃくちゃ稼いでるわけではないけど、まあ車を持って犬を飼うくらいの生活はできていた。5年後、10年後にどうなっているかは見当もつかないけれど。今は、しばらくは、このままの暮らし方を続けていこうかなと思っている。理想を言えば、夫婦ともに在宅で「暮らしながら働き」たい。この数日間のように。
きなこ。きなちゃん。私に今の働き方を、暮らし方を与えてくれてありがとう。愛してるよ。
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