我々のための希望『ボードレール』16頁

「私はカフカとのある会話を憶えているが」、とブロートは書いている、「その会話は、こんにちのヨーロッパを、人類の没落を、話題にすることから始まった。〈ぼくらは〉、とかれはいった、〈神の頭のなかに萌したニヒリスティックな思い、自殺の思いなのさ。〉この言葉は私に、神を悪しき創造主とし、世界を神の堕罪とみなすグノーシス派の世界像を、まず思い起こさせた。〈いや違う〉、とかれはいった、〈ぼくらの世界はたんに神の不機嫌、おもしろくない一日、といったものにすぎないのだ〉。――〈それでは私たちが知っている世界のこの現象形態の外部になら、希望がある、とでもいうのかい?〉――カフカは微笑した。〈おお、希望はあるとも。十分にあるとも。無限に、たくさんの希望があるとも。――ただ、我々のための希望ではないだけさ。〉」
ベンヤミン(野村修 編訳)『ボードレール』岩波文庫 1994年 16頁

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