ハレム『ぼくが猫語を話せるわけ』105頁

或る本に感動すると、みんなにその本を教えその感動を伝えたいと思う衝動と、その本をこっそり自分だけのものにしておいきたいという気持ちとが、同時に生まれたりする。本との関わりあいには、どこか恋人との関わり方と似たような何かがあるらしい。
 高校時代に、ノゾキ屋と呼ばれる友達の一群がいた。友達のところへ行くと、委細かまわずその書棚をノゾいてまわるタイプの連中のことで、同じノゾキ屋でも、女湯を覗く出歯亀氏とは比較にならぬほどけしからん、と蛇蝎視されたものだった。
 一冊の本がもし恋人なら、書棚はぼくたちのハレムでもあったのだろうか? そういえば、友人を歓待する最高の方法は自分の書棚を開いて見せることだ、と信じていた友達もいたし、恐らくは同じ理由から、書棚を見せるくらいなら切腹した方がましだと断言する友人もいた。

庄司薫「ハレム」『ぼくが猫語を話せるわけ』所収 中央公論社 1982 105頁(初版 1978年)

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