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気分を上げたければ、スズメを見よ


庭にスズメがやって来る。植木鉢の受け皿に水を溜めて作った「小鳥用のお風呂」に、水浴びをしにやって来るのだ。その様子を、リビングの窓から覗き見るのが好きだ。

お風呂に入る前に「チュン!」と“水浴び宣言”をするスズメもいれば、お風呂の周りをウロウロして、なかなか水に入ろうとしないスズメもいる。おそらく、水浴びに初挑戦する幼鳥なのだろう。
羽が濡れると飛びにくくなるからコワイ。でも、入りたい――。そんな堂々巡りの末、そのスズメは、意を決してお風呂に飛び込んだ。
チャポン。
音までかわいい。笑ってしまう。

今、自宅で仕事をしている。平日、夫は仕事に行っているため、昼間は一人で過ごすことが多い。人と話すことはほとんどなく、笑うこともない。むしろ、仕事がはかどらなかったり、イタチが屋根裏でゴソゴソしたりしてストレスが溜まり、たいていムスッとしている。それが、スズメが来てくれるようになってから、笑うことが多くなった。

ある日、2羽のスズメがお風呂前で鉢合わせになり、どちらが先に入るかで小競り合いを始めた。
「お前、オレの風呂でナニしてんねん!」
「お前こそ、ナニしてんねん!」
小さいのが「チュン! チュン!」と、真剣白羽でケンカしている。笑える。

入浴中、お風呂の中で羽をバタつかせて、泳ぐように前進したスズメもいた。お風呂で泳ぎたくなるのは、人間だけではないのだ。笑える。
そして気がついた。気分を上げたければ、スズメを見ればいいのだ。

20代は散々だった。結婚して離婚し、家族が他界した。そして、阪神大震災にも遭った。町は変わり果てたが、スズメは変わらずエサをついばみ、水場で身ぎれいにし、いつもの日常を淡々と生きていたことだろう。
この時代にスズメに目を向けていたら、「あんたたちは、のんきでかわいいネ」と少しは気が紛れたのではなかろうかと思う。

今は、毎日のようにスズメを見ている。気分転換はもちろん、スズメの能力に気づけるのもスズメ観察の面白さだ。たとえば、その顔認識能力だ。

エサの乏しい冬の朝夕、庭に米をまき始めた。最初、その米を目当てに来たスズメは数えるほどだったが、隣近所を誘い合わせたのだろう、いつしか30羽前後が電線で米がまかれるのを待つようになった。そして、我が庭の“米食堂”は、地域一番店さながらのにぎわいを見せるようになった。

帰宅が遅くなったある日のことである。最寄り駅に着いたときにはすでに日が沈み、辺りは薄暗くなっていた。スズメたちは、寝る前の米を楽しみに米食堂にイソイソとやって来て、米がまかれるのを固唾を飲んで待っていたに違いない。しかし、米を提供する“女将”は、待てど暮らせど現れない。彼らはお腹を空かせたまま、シオシオとねぐらに帰ったことだろう。
胸をしめつけられるような思いで家路を急ぎ、自宅近くの角を曲がった。と、1羽のスズメが頭上をスーッと通り過ぎていったかと思うと、旋回して米食堂に入っていった。

「女将が帰ってきたゼ!」

そんな声が聞こえたような気がした。
そのスズメはねぐらに帰る途中、私を見つけて「今から米にありつけるかも!」と期待して先回りしたのだ。スズメは、人の顔を覚えられるのだ。
鳥類の脳は小さいが、認知機能に関わるニューロンの密度は高いという。スズメも小さな頭で、難しいことをいろいろと考えているのである。感心して笑えてきた。

そして今朝、お風呂を洗おうと庭に出た。すると、すでに風呂桶の周りはビチョビチョに濡れていた。スズメが「朝風呂ってサイコー!」と、盛大に水しぶきを上げて寝汗を流したのだ。どんな顔で水浴びをしたのか。想像しただけで、笑えた。


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