父かも知れぬ ~スズメにエサをあげる理由~
夜中に雨が降った翌日、庭に据えた小鳥のお風呂で、スズメたちが賑やかに水浴びに興じていた。いつもなら、昼時に居間のテレビをつけると、「お、もう昼ご飯ですか?」と、窓越しに部屋の中を覗き見てご飯粒をねだるのだが、この日は水浴びに専念していた。それでも窓を開けると、先に水浴びを終えた2~3羽のスズメが嬉しそうに飛んで来た。
その昔、江戸っ子は銭湯帰りに蕎麦屋に立ち寄り、小腹ふさぎに1~2枚の盛り蕎麦をたぐったそうだが、スズメたちも同じだろう。窓の桟にご飯粒を置くと、水浴びを終えたスズメが「待ってました」とばかりにかっさらっていく。中には、水浴び後の羽づくろいもそこそこに、ボサボサの格好でやって来る者もいる。ご飯を食べ損ねるまい、と慌てたのだろう。
それにしても、毎日毎日ご飯粒では、さすがのスズメも飽きがくるだろう。そう思い、「冷やし中華はじめました」のように、リンゴを少しばかりやってみた。気になるのはお客の反応だが、最初はかなりよかった。1羽がリンゴをかっさらっていくと、2~3羽がおこぼれにあずかろうと追いかけ、一悶着あったほどだ。
しかし、リンゴはあまり口に合わなかったようだ。一度食べたきり、誰も食べてくれない。リンゴが残っているのに、首を伸ばして部屋の中を覗いては「おーい、いつものやつは?」と催促をする。
この数年、毎年のようにトリインフルエンザが流行している。スズメが集まると近所の人たちに嫌がられるのではないか、と思い、閉店も考えていた。が、白いお腹を見せて催促をされると、仕方ないなァ、これっきりだョ、とやってしまう。
警戒しいしいやって来ては、ご飯粒の塊をさらっていく者がほとんどだが、中には腰を落ち着けて、一粒ずつゆっくり味わう腹の据わった者もいる。その姿を見るにつけ、生前、ご飯粒を一粒ずつ食べるように、ゆっくり食事をしていた父を思い出す。
そんなこともあって、閉店する勇気がくじかれる。そして今日も、父かも知れぬと思いながら、彼らにご飯粒をやるのである。
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