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毎ショ | 書庫冷凍

「大学院生なら誰でも書庫に入れますよ」

 4月からこの大学にやってきたが、今頃になって、大学院生ならば、学生証を呈示すればいつでも書庫を覗くことができることを知った。
 とくに書庫に用事はなかったが、この特権を利用してみたくなった。

 1月の半ば頃、図書館員に「書庫を見学したいのですが」と尋ねると、「あぁ院生の方ですね。どうぞ。こちらが入り口です。閉館直前まで御利用できます。ごゆっくり」と言われた。

 カウンターの後ろにあるエレベーターに乗り、地下2階に向かった。
 エレベーターが開くと、ずらっと棚が延々と続いている。いつの時代のものかわからないが巻き物も置いてある。中でも私の目をひいたのは、マルクスの手書きの書き込みのある本。

「この本を閲覧するときは、この手袋を着用のこと!」

 とくにマルクスが好きというわけでもないが、私は手袋をはめて蔵書の中身を見始めた。

「これがマルクスの筆跡なのね」

 私は読み耽ってしまった。

「労働者よ、団結せよ!!」というドイツ語が見えた。

 感動に浸りながら「そろそろ戻ろうか」とスマホを見ると、バッテリー残量がゼロになっていた。

「えっ、ウソでしょ?!」と思ったが、時すでに遅し。

 寒い場所ではバッテリーの消費は早い。

 私が書庫から出られたのは、別の院生がやってきた3日後のことだった。

「ここは『書庫冷凍』と言われているんですよ。初めてきた人はよく閉じ込められるんですよ」

 最初に言ってほしかった。


(605字)



 だいぶ文字数をオーバーしました。


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山根あきら | 妄想哲学者
記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします