エッセイ | 原点に帰る、原点を忘れない
今までに何度となく書いていますが、私がnoteを始めたきっかけは、たまたま図書館で見かけた野口悠紀雄先生の「書くことついて」(角川新書)でした。
2021年8月8日のことです。
そのときにはじめてnoteというSNSがあることを知りました。
現状維持バイアスの強い私には珍しく、午前中に野口先生の本を読んで、その日の夜10時過ぎには、noteに初投稿していました。同時にはじめてTwitter(現在のX)のアカウントも作りました。
とくに大きな目的があってnoteを始めたわけではありません。
その頃、手帳一冊分くらいの個人的なメモがありました。その手帳には、英語を中心とする英文法の疑問やその他の外国語に関することを書き綴っていました。一般の参考書や文法書では深掘りしていないテーマであふれていました。
私家版ですし、語学に関心のある人にとっては、ハッとするテーマだという自負はありましたが、公開するのはためらっていました。その機会もありませんでしたし。
語学に関心のある人からは「そんなの当たり前のことだから文法書には載っていないだ」という批判を浴びるかもしれませんし、語学に関心のない人からは「興味ないよ」と一蹴されるかもしれない。
けれども、そういう結果になったとしても、私の記事を読んだ人がどのような反応を示すのか試したい気持ちが勝り、初投稿に踏み切りました。
というわけで、最初期の私のnoteには、私生活に触れることはほとんど書かれていません。
私は語学ネタを書きつづけました。語学に関心のある人との接点を求めて。
しかしながら、私の記事はほとんど読まれることはありませんでした。スキ数も平均して4つか5つ程度。スキ数2とか1のこともザラにありました。
人の目に触れることが少なければ、そもそも誰も私の記事を読むことはない。そこで、少し考え方を変えて、語学の記事だけではなく、プライベートなことや自分の思っていることも、記事としてあげるようになりました。
私の記憶する限り、はじめて自分の心の内を書いたのは「こういう時だからこそ『お笑いを』。」というエッセイ?です。
確か、投稿した直後のスキ数は15前後でした。当時の私としては、大ヒットした記事です。一桁というか、片手でも足りるくらいのスキ数が普通でしたからね。思ったことを書くと、人は読んでくれるものなんだなぁ、と思ったものでした。
この記事以降は、語学中心の記事を書いて読んでもらいたいという気持ちは少し封印して、その日その時に思ったことを気ままに書くことが増えました。
語学に関わらず、とりあえず読んでもらう人の数が増えることを意識しはじめました。
語学(と言うか英文法の記事)関連の投稿もつづけていましたが、エッセイも並行して書いたり、写真を投稿することも増やしました。なんとか語学関連の記事の読者を増やすために。
2021年の10月から同年の末までは、自分の思いのたけをぶつけながら、ビュー数やスキ数を増やすことを意識していました。
語学関連の記事以外にも、他人のあらゆる記事に目を通しながら、なんとか自分の書いた語学の記事の読者を増やしたいと。
こう書くとビュー数やスキ数目当てだと思う方もいるかもしれません。
ですが、最初から現在に至るまで、どんな内容の記事を書くときも、私の書く語学関連の読者を増やしたいという軸は変わっていません。
この前も書きましたが、中身の薄い挨拶を交わす人を増やしたいから記事を書いているわけではありません。
記事にまったく関係のない駄弁のやり取りをすることをもって交流なのだと考えるnoterには用事はないです。そういう人が集まってじゃれ合うことを楽しいと思う人には何も言うことはありませんし、批判する気持ちも毛頭ない。
ただ、私の求める交流とは、あくまでもお互いの記事の内容を理解して、お互いの考え方の相違点や類似点を探る交流である、ということに尽きます。
現在考えているのは、語学に関心のない人に対しても、「語学って楽しいよね!」という気持ちを届けることです。その気持ちを伝えるために書いたのが「天才少女ルナの物語」という短編でした。
一般受けはあまりよくありませんでしたが、数は少なくても、きちんと思いをキャッチしていただいた方がいらっしゃって、書いた甲斐がありました。
現在、語学関連の大型企画(1ヶ月の開催期間)を腹案としてもっています。
後日、募集要項を投稿したいと考えています。本当にnoteでやりたいことは、今ならできるのではないか?、なんてね。それなりに長いnote歴がありますし。
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