親不知の心残り
右上の奥歯が痛い。
ここ最近分かりやすく疲れていて、一昨日からは頭痛と微熱でどうしても頑張れず、休みをもらってベッドに引きこもっている。カーテンは閉めっぱなし、ごはんもあまり食べていない。
奥歯の痛いところを触ろうとしたら、何もなかった。前に親不知が生えてたところが、腫れてもいないのにぼんやり痛い。
そういえば親不知を抜いたのっていつだったっけ。1年前、頭痛と腹痛が少しずつ悪化して、病院は予約しても予約時間までに外に出れず、ほとんど動けなくてごはんもあまり食べないものだから、薬も飲めないし、お風呂も歯磨きもできなくなっていた頃だった。それからやっぱりというかそりゃそうだというか、親不知が虫歯になり、あまりの激痛に体が動いて、どうにかこうにか歯医者に行ったのだった。
はっとして、鞄に入れてた親不知を取り出した。歯医者で抜いてもらったときに記念にもらったのだ。イキモノめいた捻れた歯根をもつそれを部屋にしばらく置いたあと、少し考えて、2回目の痛み止めを飲んで、手のひらにのせて家の周辺を散歩した。
歯医者で親不知を抜いてもらった日、わたしは麻酔後のしびれと口の奥の窪みの違和感に眉をひそめながら、久しぶりに遠回りの道を帰り道にしてとろとろと歩き回った。食べれないのに前に好きだったパン屋さんの固いパンを買ったり、新しくできたフルーツパーラーをぼーっと眺めたりした。久しぶりに外を歩いた気がして足元がふわふわとしていた。梅雨の合間の曇天は眩しく、紫陽花が明るく発光していた。
そもそも親不知を抜いてもらったとき、歯科衛生士さんに「持ち帰りますか?」と言われ、わたしは変な恥ずかしさと反射で、いやあいらないです、と半笑いで言ってしまったのだけれど、銀色のトレーの上で穴があいた象牙色の塊を見ているとなんとなく心ないことをした気持ちになって、「すみません、やっぱり記念に持って帰っていいですか」と申し出た。すると、わたしの言動はきっと不審だったろうに、歯科衛生士さんは特別笑ったりもせず、なかなか見れないですもんね、じゃあ綺麗にしてお渡しします、と言ってくれた。
散歩した翌日、わたしは親不知を手のひらに出したまま、一番よく行った近所の山に登ってみた。夕方から日が沈むまでは西の開けたとこで赤い空を見て、以前覚えようとしてた星座を思い出そうとしてみた。すっかり暗くなってから、山を下りながらお寺の参道で猫を見つけ、猫の前に歯を置いてみた。当時後輩が猫に手を差し出して噛まれてたことを思い出して、その時少し痛みが和らいでいることに気づいた。初めてふくろうの子どもを見かけた木も探したけど、ふくろうは見つけられなかった。怖がってますね、と言っていた後輩の声が聞こえる気がして、その日は帰った。後輩は、ふくろうの子が見られるなんて、先輩は幸運の女神だ、とも言っていた。
その後、できるだけ調子のいい日に外に出て、親不知を風に当てながら歩いた。蛍がでる湖近くの芭蕉園へ行って、歯を持った手を川の水に浸けた。冷たい流れが手を伝う。暗闇で自分の息の音とカエルの声と茂みの何かの獣の気配を聴きながら蛍を眺めた。
そんな日を繰り返して、2週間くらいかけ、奥歯の痛みは消えた。
親不知はまた鞄にしまった。
今日も捻れた心根を伸ばして、通勤の道を一緒に歩いている。
※物語はフィクションです。