![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/69252738/rectangle_large_type_2_d7ef13a6cdbcb8fa1596c4018aa5652f.jpeg?width=1200)
絵本と人間形成
良い絵本ってなんだ
絵本良いですよね。最近では、「絵本カフェ」とか「大人の絵本」とか流行ってるらしいですね。
良い絵本ってなんでしょう。でも、この問いは、対象年齢とか読む人とか場所とか、考えるべき要素の幅が広すぎるので、ナンセンスな問いだったりします。なのでもう少し範囲を絞りましょう。
多くの絵本が読み手として想定しているのは、幼児期にある子どもでしょう。なので、幼児期の教育、言い換えれば、「子どもの人間形成にとって良い絵本とは何か」という問いを立ててみましょう。
考えやすくなりましたね。
絵本の基本構造
絵本が、その他の本と区別される最大の特徴は、読んで字の如く、ほとんどのページに絵が描いてあることでしょう。絵と文章の対応関係があるとでもいいましょうか。
表紙、あそび紙、中表紙、設定、奥付があります。あそび紙が、物語の導入になったり、テーマに関連した色をしていることが多いですね。裏表紙にアフターストーリーが描かれているものもあります。
多くの絵本には、左から右への動きの流れがありますね。頁をめくるとまず左側の頁から読み始めて、次に右側の頁を読みます。
人間形成における絵本
幼児期の人間形成を意図した行為というと、幼児教育や保育が真っ先に浮かびます。保育は、幼児教育を含む概念ですから、ここでは保育で統一しましょう。
保育の時間に使う絵本なので、絵本は保育教材となります。したがって、保育の場面で用いられる良い絵本には、保育的意図が含まれているでしょう。
絵本の内容に「苦い薬と甘い飴」が含まれている絵本が良さげです。「苦い薬」とは、こちらが伝えたい教訓とか、子どもが乗り越えるべき課題とかがあたるでしょう。「甘い飴」は、面白さや欲望の発散などです。
さしあたって、「苦い薬と甘い飴」を両立させている絵本が、子どもの人間形成にとって良い絵本だ、と言えそうです。楽しく読めて、かつ保育的意図があるものであれば、みんなハッピーです。
そんな絵本ってあるのでしょうか。これを無理なく両立させるストーリープロットが「行きて帰りし物語」です。
これが本記事のテーマです。
行きて帰りし物語の構造
「行きて帰りし物語」とは、日常→非日常→日常を経る中で、人物が変容していく物語です。
トールキンの『ホビットの冒険』に出てくる本の題名が元ネタです。絵本研究としては、斎藤次郎の『帰りし物語:キーワードで解く絵本・児童文学』(日本エディタースクール出版部)が有名です。
モーリス・センダック『かいじゅうたちのいるところ』を例に、「行きて帰りし物語」の構造を整理してみましょう。
まず、導入の日常では、主人公の課題や不満が描かれます。主人公のマックスは、家の中でおおかみのぬいぐるみを着て大暴れをしているわけですが、ひとり遊びをおこなっています。母親が怒って「この かいじゅう!」という声に反応して、マックスは「おまえを たべちゃうぞ!」と返します。マックスは母親の「かいじゅう」という言葉を受けて「たべちゃうぞ」とかいじゅうらしい返答をしたのですが、母親はそれにノってこず、夕飯抜きで部屋に閉じ込めます。ここでは、子と親のディスコミュニケーションが描かれています。マックスは不満そうな顔をしていますね。
次に、何か不思議なことが起こって、別の世界へと誘われます。現実と仮想現実をつなぐしかけのことを、エブリデイマジックと呼んだりします。絵本では、ベッドやドアの木の部分がどんどん太くなり、本物の木のようになります。そして、森となり、非日常の世界への入っていきます。
主人公は、仮想現実で、自らの課題を克服したり不満を解消したりします。マックスは、かいじゅうたちの王様となり、好き放題にするわけです。日常の親>子の力動関係が、非日常ではかいじゅう<マックスという関係へとひっくり返っています。こうした関係の転倒現象が起きていることは一つの注目すべきポイントでしょう。かいじゅうたちを馴らして、遊ぶことで、少しずつ折り合いをつけていくことになります。
「行きて帰りし」ですから、行きっぱなしということはありません。ある程度すると、元の世界に帰ることになります。ここでも、仮想現実から現実へと戻るしかけがあります。絵本では「おいしい におい」がそれにあたります。非日常の世界の中に、日常が少し顔を覗かせていますね。
元の世界に帰還すると、元あった課題や不満をクリアした状態になります。マックスが目覚めると、母親は夕飯を置いてくれていて、彼は母親の気持ちに触れるのです。
行きて帰りし物語と人間形成
質の良い絵本には、こうしたプロットがちゃんと絵本や文章にしかけられています。『かいじゅうたちのいるところ』でも、さまざまな仕掛けが施されています。それを見つけるのも楽しいですね。
例えば、導入の日常パートにかいじゅうのデザインが出てくるとか、三日月から満月になってるとか、船の名前とか。
保育では、こうした絵本の内容と今の子どもたちが抱えている課題をリンクさせた環境設定を行います。
完全に今の課題を解決するわけではないけれど、物語を読んで、物語に入り込んで、模倣して、少しずつ自分ごとにするという点で、こうした絵本は優れた保育教材となり得るのだろうなと思います。