見出し画像

【罪の声】塩田武士

※インスタに投稿した記事より、一部加筆修正してお届けいたします。


 かれこれ20年以上も前のこと、私はパトリシア・コーンウェルの「検死官シリーズ」にドップリとハマっており、主人公のケイ・スカーペッタに憧れ、著者を崇拝していました。そんな折、コーンウェルが、実際にあった未解決事件の真相に迫る『切り裂きジャック』(文庫改題:『真相〜“切り裂きジャック”は誰なのか?」)を発表しました。(出版:2003年)
 この本を書く為に、コーンウェルは事件の調査に7億円もの私財を注ぎ込み、独自の解釈と科学的根拠を元に、100年も前の未解決事件の犯人を(彼女なりに)論理的に特定したのです。
 しかし……確かに、読み物としてはとても面白かったのですが、小説というジャンルからの明らかな逸脱は否めず、ルポタージュと言うのでしょうか、学術論文に近いアプローチで書かれたことが、彼女の「小説」のファンとしては、個人的には残念に思いました。

 さて、本書『罪の声』……こちらも、日本の犯罪史に残る未解決事件を題材に、著者独自の解釈で真相に迫る作品という意味で、『切り裂きジャック』と共通しています。そして、その事件とは「グリコ、森永事件」……言うまでもなく、日本の犯罪史に残る未解決事件です。

 著者の塩田武士さんは、学生時代にこの事件に関心を持ち、独自の解釈に辿り着いたとのこと。しかし、大学卒業後は新聞記者として働き、後に小説家としてデビューしたものの、更に5年が経過するまでこの物語を書きませんでした。

「今の君には書けない」
 信頼する担当者に草案を話した時、ズバリそう言われたそうです。
 しかし、約五年後、小説家としての活動も軌道に乗り、人気も実力も十分に身に付いた頃、「そろそろ書いてみませんか?」との打診があり、まさに満を持して書き上げた物語が本書なのです。
 大学在学時の着想を、約十年も掛けて追熟させたのですから、その分完成度が高いのも当然で、ありきたりな感想になりますが、とにかく素晴らしい作品だと思いました。

 本書と『切り裂きジャック』の違いは、切り裂きジャックの事件が、私には浮世離れした過去の異国の出来事で、なかなかリアリティを感じ取れないことに対して、グリコ・森永事件は子どもの頃とはいえ、リアルタイムで経験してる大事件ですので、身近に感じられることがまず挙げられます。
 当時、連日の報道に国中が注目し、グリコと森永の商品がスーパーから消えたことははっきりと覚えています。そして、この事件を機に、お菓子などのパッケージが様変わりしたことも有名な話でしょう。

 もう一つの決定的な違いとして、こちらは完全にフィクションの「小説」として書かれていることが挙げられます。なのに、不思議なことに、こちらの方が圧倒的なリアリティを感じたのですから、皮肉といえるでしょう。
 フィクションとは言え、作中では、事件の詳細な出来事や時系列などは事実を忠実に再現しており、警察の動きや報道のあり方など、当時の問題点もそのまま踏襲しています。だからこそ、この事件が時効になったことを忘れてしまうぐらい、塩田さんの解釈は核心を突いているように思えてきます。
 いや、何も知らずに読むと、ノンフィクションと間違えてしまうぐらい理路整然としており、リアルな話だと言われても鵜呑みにするでしょう。犯人像も犯行動機も、これが正解としか思えないのです。
 コーンウェルも、こういうスタンスで斬り込んで欲しかったのに……

 この事件は、日本人全員の命を担保に大企業と取引した未曾有の犯罪ですが、その裏にある、子どもを巻き込んだ最悪な事実は見逃してはいけないでしょう。
 本書は、特にその部分を意識的に抉り出しており、家族や親子、仲間、友達といった身近なコミュニティのあり方も問われてる気がして、とても重く受け止めてしまう部分もありました。
 いずれにせよ、かなり満足な本でした。

#小説  
#塩田武士  
#罪の声  
#レビュー  
#読書記録  
#読書すきな人と繋がりたい  
#小説好き  
#小説好きな人と繋がりたい