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ジャン・シベリウスと「樅の木」:フィンランドの自然を描いたピアノ曲の魅力

ジャン・シベリウス(1865–1957)は、フィンランドを代表する作曲家で、その作品には北欧の大自然の風景やフィンランド人の精神が色濃く反映されています。また、フィンランドでは独立運動の象徴的存在としても知られています。

彼が作曲したピアノ曲の中でも特に有名な「樅の木」Op. 75-5は、北欧の自然を思わせる美しい旋律が特徴的です。この穏やかで親しみやすい作品は、演奏を通じて感受性や表現力を自然に育むことができる楽曲として親しまれています。本記事では、この作品の魅力とともに、シベリウスの人生についても詳しく探っていきます。


シベリウスの若年期と音楽の道

シベリウス(1865–1957)は、フィンランドのハメーンリンナで生まれました。幼少期から音楽に強い興味を持ち、家族の音楽的な影響を受けながら、早くから作曲の才能を発揮していました。地元での生活の中で自然や民族音楽に触れ、それらの影響を受けながら成長し、10歳の頃にはすでに作曲を始めていました

才能を本格的に伸ばすため、彼はヘルシンキ音楽院に進学し、さらにドイツやウィーンに渡って研鑽を積みました。ヴァイオリン演奏にも情熱を注いでいましたが、やがて作曲に専念する道を選びます。そして、フィンランドの自然や詩的情景を描いた独自の作品によって、国民的作曲家としての地位を確立していきました。

11歳のシベリウス 1876年

フィンランド人の魂を奏でた《フィンランディア》

1899年に発表されたシベリウスの代表作《フィンランディア》は、ロシア帝国の圧政下で自由を求めていたフィンランド人にとって、大きな希望と団結の象徴となりました。この曲は、壮大で力強いメロディーによってフィンランドの自然や民族の誇りを描き出し、抑圧に屈しない精神を表現しています。

《フィンランディア》は瞬く間に国民の心を掴み、シベリウスはフィンランドの愛国的な作曲家として広く知られるようになりました。彼の音楽は単なる芸術作品にとどまらず、フィンランド人のアイデンティティと自由への願いを世界に伝える役割を果たしたのです。

アイノラの家と健康問題

アイノラは、フィンランドの作曲家ジャン・シベリウスが1904年、38歳の頃に移り住み、彼の音楽人生に深い影響を与えた家です。この静寂に包まれた田園の地で、シベリウスは自然からインスピレーションを得て、フィンランドの独立を想いながら数々の名作を生み出しました。アイノラでの生活は彼にとってかけがえのないもので、創作と静寂、そして家族との時間が調和したこの場所には、彼の人生観が深く反映されていました。

一方で、彼は生涯を通じて健康問題にも悩まされました。特に中年期以降、アルコールの摂取や喉のがんへの恐怖に直面し、医師から制限を忠告されても依存を断ち切るのは困難でした。ストレスや創作活動のプレッシャーに加え、健康不安を抱えやすい性格も影響していたといわれています。それでも、家族やフィンランドの自然とともに過ごす時間が彼を支え、創作意欲を保ち続けました。こうした健康問題や生活環境は、彼の音楽スタイルや作品に重要な影響を与える要素となりました。

シベリウスとその妻アイノが家族とともに1904年の秋〜1972年まで暮らした家アイノラ、Mika Pöpken, Public domain, via Wikimedia Commons

晩年のシベリウス

シベリウスは晩年の30年以上、新たな大規模作品を生み出すことなく沈黙を貫きました。その理由として、過去の成功へのプレッシャーや、理想とする音楽を追求するあまり満足のいく作品を完成させられなくなったことが挙げられます。特に未完の交響曲第8番は、彼自身の厳しい自己批評に耐えられず、原稿を燃やしてしまったとも伝えられています。

シベリウス 1939年、The original uploader was -Majestic- at English Wikipedia., Public domain, via Wikimedia Commons

フィンランドの自然を描いた5つの木の物語

健康面での不安や第一次世界大戦の勃発といった国際情勢の混乱がありましたが、それでもシベリウスの創作意欲は衰えませんでした。1914年、彼が48歳の頃、木にまつわる小品を5曲書き上げました。

これらの曲はもともと1曲ずつ個別に販売されていましたが、後に出版される際、出版社によって《樹の組曲(Five Pieces for Piano, Op. 75)》というタイトルが付けられました。それぞれの曲には「樅の木」や「白樺」など特定の木の名前が付けられており、北欧の四季折々の森の情景やフィンランド人の精神を象徴する内容となっています。

それでは、この5曲が描き出す木々の物語を見てみましょう。

1. ナナカマドの花が咲くとき (↑0:00)

この曲 When the Rowan Blossoms は、ナナカマドの花が咲き誇るフィンランドの春から初夏の情景を描いています。ナナカマド(フィンランド語で「ピヒラヤ」)は、春から夏にかけて白い小花を咲かせ、秋には赤い実と紅葉で季節の移ろいを告げる木です。フィンランドでは幸運や魔除けの象徴として親しまれ、民謡や詩にも登場する特別な存在とされています。柔らかく繊細な旋律は、満開のナナカマドの花々が穏やかな風に揺れる様子を思わせ、春の喜びと新たな命の息吹を美しく表現しています。

ナナカマドの実。Koichi Oda, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

2. 孤独な松の木 (↑2:02)

この曲 The Solitary Fir Tree(原題:Honka)は、フィンランドの厳しい冬を耐え抜く松を象徴的に描いた作品です。松はフィンランド人にとって生命力と耐久性、自然と共存する精神の象徴であり、この曲もまた、深い森の中で凛と立つ松の静寂と孤高の美しさを表現しています。穏やかで静謐な旋律は、木々が風に揺れる様子や森の呼吸を繊細に描写し、孤独の中に潜む力強さと自然への敬意が込められています。

アカマツ、yeowatzup at Flickr, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

3. はこやなぎ (↑4:45)

この曲 The Aspen は、風に揺れる葉がささやくような音を立てることで、フィンランドの神話や伝統的な信仰において精霊が宿る神秘的な木とされています。その音は自然界の「声」として捉えられ、自然と人間の深いつながりを感じさせます。ハコヤナギを題材にしたこの曲は、軽やかで優雅な旋律が特徴で、風にそよぐ葉のリズムや木の気高い姿を見事に表現しています。フィンランドの森に響く木々のささやきのように、この曲もまた自然の息吹と生命力を感じさせる一曲です。

セイヨウハコヤナギ、No machine-readable author provided. JoJan assumed (based on copyright claims)., CC BY-SA 3.0, via Wikimedia Commons

4. 白樺 (↑7:05)

この曲 The Birch はフィンランドの国樹であり、故郷やアイデンティティの象徴としてフィンランド人に親しまれています。成長が早く、環境が整えば新しい芽を出すその姿は、再生と希望のシンボルでもあります。特に春に芽吹く白樺の新芽は、冬の終わりと新しい季節の訪れを告げるものとして愛されています。フィンランドの自然を描いたこの曲は、白く滑らかな幹が風に揺れる白樺林や湖畔の景色を思わせる明るく穏やかな旋律が特徴で、シベリウスの愛したフィンランドの風景が音楽の中で鮮やかに再現されています。

シラカンバ、northofsweden from Sweden, CC BY 2.0, via Wikimedia Commons

5. 樅の木 (↑8:46)

この曲 The Spruce は、静謐で荘厳な旋律が特徴で、深みのある低音と広がるメロディーが、雪に包まれた冬の樅の木の威厳を想起させます。厳しい自然に耐えるその姿は、フィンランド人の持つ独特の精神、「シス(Sisu)」を象徴しています。「シス」は不屈の精神や忍耐力を意味し、フィンランドの文化に深く根付いた言葉です。樅の木は、厳しい自然環境の中で力強く根を張り、雪と寒さに耐え抜くことから、静かで美しい冬の象徴であると同時に、「シス」の象徴として人々に愛されています。この曲には、シベリウスの自然への深い愛と敬意が込められており、北欧の厳しくも神秘的な冬景色が音楽を通して鮮やかに描き出されています。

Norway spruce、Ivar Leidus, CC BY-SA 3.0 EE, via Wikimedia Commons

「樅の木」から学べるピアノスキル

シベリウスの樅の木は、シンプルなメロディーと豊かな和音が美しく響く作品で、ピアノ演奏の表現力を磨く絶好の一曲です。この曲を通して、特に以下のピアノ技術や感性を養うことができます。

1、柔らかいタッチと音色のコントロール
「樅の木」では、鍵盤を優しく弾く柔らかいタッチが重要です。強弱の微妙な変化を意識し、温かく落ち着いた響きを作り出すことで、音色表現の幅を広げる力を養います。

2、ペダルの使い方と音の余韻
ペダル操作が音の響き方を左右します。特に右ペダルを使い、音を持続させることで滑らかで奥行きのある響きを生み出します。タイミングや深さを工夫し、豊かな音の重なりを表現しましょう。

3、和音のバランスと響き
この曲では和音のバランスが重要です。低音から高音まで各音を均等に響かせつつ、メロディーを際立たせる指使いや強弱の調整を練習することで、深みのある音を作れます。

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