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積乱雲

「高校卒業くらいの時に、ヒッキーが旅行の良さがわからないって言ったの、ショックやったわあ。わたしは旅行が好きだから。」
20年来の友人、かおかおが来東した時のことである。そんなこと言ったかな? と記憶を辿る。
「全く覚えてないけど、多分、旅行が楽しいと思うのは自分の日常がつまんないからだって決め付けてたんじゃないかなあ。だったら旅行の計画立てる前に、そのつまんない自分の日常をなんとかしろよ、って思ってたような気がする。かおかおはなんで旅行が好きなの?」
「んー、出会いかな…いや、旅の非日常感に惹かれるからかな。」
まだまだ残暑厳しい晩夏の夜。品川の駅ビル地下のイタリアンレストランでかおかおは赤ワイン、わたしはスパークリングワインを飲みながら思い出話しに花を咲かせた。

日常が退屈であればあるほど、非日常に憧れる気持ちはよくわかる。ならば、非日常の旅を大切にするよりももっと、いや、同じくらいに日常に目を向けようよと言う考えは今でも変わっていない。
では、いつもの暮らしがとても楽しく充実している人は旅に出かけたくないのか? と言えばそんなこともないだろう、と大人になった今ではわかる。
おそらく、今で言うところの『中二病』を発症し予後もよろしくなかったわたしは、「旅を楽しみにしてるなんて、この年でもう自分の生活を諦めたの? バカじゃないの?」との軽蔑を隠しもせず上から目線で断じたに違いない。
かおかおちゃんよ、そんな酷いことをしたわたしのことを今も友と思ってくれてありがとう。その前に、結論だけのナイフ言葉を投げつけてしまって本当に申し訳ない!
これを大学卒業後の社会人2,3年目、25歳前後の時に同僚の女友だちに言ったら最後、ドン引きされて音信不通になったに違いない。25歳前後か…むむむ、わたしなら言いかねない。いやきっと、これと似たようなことを無邪気に言いまくっていたんだと思う。その証拠に社会人になってからの友だちはめちゃくちゃ少ない。

あはは。わたし、ダメじゃん。このままだとあれが…来ちゃう。自己嫌悪の突風に吹かれて落とし穴にどっぷりハマって浮上できなくなる…そうだ、こんな時こそ旅に行って気分転換をするのだ、反省後は前を向いて、トボトボでいいから歩こう。
デザートのタルトを一口食べて、突然無茶ぶりをしてしまった。
「わたし、マチュピチュに行きたいな。一緒に行こうよ。」
「えっ、…まずは箱根くらいからにしたら?」
「いーや、マチュピチュよ、古代の神秘よ、ナスカの地上絵よ。」
「…」
大人になったと思ったのは気のせいだったか。

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