星に詳しく(50首)

  星に詳しく   野坂玲央奈

喉奥の咳を待ちつつベランダで朝焼けを往く電車に見入る

認められたことは少ないハイタッチがずれていた高校時代

スターバックスの袋を上履き入れにする子とロゴの母親なる微笑

やさしさをころがしながら家のない人の座ったベンチを過ぎる

親のないスコップ縦に立てられて何もないよりさびしい砂場

良い街かどうか知れない坂道でうずくまったら泣けるだろうか

警察に連行されている首の角度でみんな信号を待つ

「あの距離の横断歩道を無視しないやつは社会で役に立たない」

階段の清掃員へ 跡付けてごめん来世で滝になってね

子ども欲しい/いらないという会話を聞くふとん乾燥機のテンションの

欲しいなら猫の写真のツイートにいいねをあげる  愛っていいね

さしてない時ほど傘は重たくて改札で泣く女性が立った

あきらめて母国語で客引きをするカレー屋が「くそが」とたぶん言ってた

橋上の電灯は川面にわらい夜空の星のようにふるまう

離婚した父のカップ麺を啜る音は歯磨きでかき消されなかった

鳥の羽根よ 花瓶の破片を母親は原型よりも気に入っていた

海外の監視カメラの明るさで僕の不幸は笑ってほしい

祈りの手で蚊を閉じ込める マッチングアプリに見立てて力を入れる

あの人のLINEがおそいのはきっと星に詳しくなれということ

好きな人もイヤホンの耳垢を削ぐ綿棒を使っているだろうか

扇風機「ぬーん」  かわいい 寝室の外を緊急車両が通る

仰向けから横向きになるとき消える脳内のきみに「ぷすぅ」と残した

水を吐き出すことが生活にありあの人の少しあいた唇

「出かけてきます」に「はい」とふりむく 牛だ 父のトートバッグに牛だ

ガソリンの価格を予想して曲がる角最近は風が冷たい

喫茶店で何かがんばる人たちと宇宙船でふざけあいたい

免許証を見せあうみんなで集まって最後にアインシュタイン見たい

一口目の頬の痺れは快活で冗談の好きな女友達

レディースのフロアは僕を受け入れて花柄の夏を見させてくれた

献血ルームの時間はゆたゆた流ゆくほかに童貞いない気がする

嬉しくて何も起きない公園を通って帰る髪を切った日

すれ違いざまに高める傘そして足は地上を離れてほしい

「『希望の春』は習字のなかの春だけど希望の秋は路地で見られる」

こんにゃろでやっつけた蚊の鮮血はきみの感情線を染みゆく

映画泥棒が流れて劇場は灰色の静けさに塗れる

夜を知りたくなくているLOFT君の欲しくないもの見せて見せて

「じゃあ、また」と交わし別れたてのひらに定期の擦れて読めない日付

一列のつり革の輪を超えてゆくこびとをたまに失敗させる

ひらいてとじてまたひらいてみるTwitterソファでお尻を揉んでいる昼

マザーとサンズ♪、離婚した人が作ったライングループ …スマブラする

電気代の数円はさみしくて流していたGメン特集の分

ざこAIが選んだような自販機ここで泣いたらすごいだろうな

八百屋夫婦の喧嘩に負けるなイヤホンのなかの槇原敬之のサビ

拝殿を振り返るともう世界だけ髪の毛の影ひだりに吹かれて

吊るされたストライプシャツを光らす西日でそっと温(ぬく)まるところ

一度だけ早起きをする気になってそれから余る食パンが五枚

やわらかいところに投げられたスマホ文字で怒られるほうがこわい

真夏日のぺしゃんこマルチーズは赤信号を引き摺られていく

頑張ってなかったスポーツの中継を焼ける民家のように見ていた

古着屋の去り際に「よく来てくれるんですよ」が少しちゃんと聞こえた

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