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【全13作品ブックガイド】魅惑の青山美智子作品への招待(文・瀧井朝世)
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本記事は「文蔵」2024年12月号の「【ブックガイド】心あたたまる傑作揃い 連作短篇の名手による、一歩前に進むための13作品(文・瀧井朝世)」を転載・編集したものです。
大学卒業後、ワーキングホリデーの制度を利用して1年間オーストラリアのシドニーに滞在していた青山美智子さん。
現地では日本人向けの情報誌の記者として働き、帰国後も編集者・ライターとして活動。
その傍ら小説を執筆し、『木曜日にはココアを』を刊行してプロ作家デビューしたのが2017年。
これはシドニーの月刊誌の公式サイトで連載された小説をまとめたものだ。
青山作品の大きな特徴は、どれも連作短篇集であることと、各短篇の登場人物が緩やかな繫がりを持つこと。その繫がり方は作品によって異なる。
著者がそうした“連作”短篇集にこだわるのは、人と人は本人の気づかないところで繫がっていること、そして人の数だけ物語があることを切実に伝えようとしているからだろう。
また、青山作品はスターシステムを取り入れており、複数の登場人物が複数の作品に登場する。
つまりは彼らは同じ世界、同じ時代を生きているのだ。
注意深く読まなければ気づかないリンクも多いが、もちろんまったく気づかなくても物語の魅力は変わらない。
ここでは少しだけそうしたリンクに触れつつ、彼女の作品を刊行順に、コンパクトに紹介していく。
①『木曜日にはココアを』(2017年)
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単行本デビュー作。
静かな住宅街の片隅、川沿いの桜並木が終わるあたりにある「マーブル・カフェ」から物語は広がっていく。
第1章の主人公は、このカフェのマスターから店を任された青年、ワタル(ちなみにこの自由人のマスターは京都でギャラリーを経営するなど手広く活動していて、他の短篇でも意外な形で影を見せる)。
ワタルは毎週木曜日にやってきてココアを注文する女性客に密かに心を寄せている。
第2章はこのカフェの客で、ワーキングウーマンの朝美が主人公――というように、前の章の主人公と関わりのある人物が次の話の主人公となる。
途中で舞台をオーストラリアに移しつつ主人公リレーは続き、最終話で舞台は「マーブル・カフェ」に戻り、第1章でワタルが心を寄せていた常連客の女性、マコが主人公となる。
彼女の視点から見たワタルや店の印象が明かされるというわけだ。
本作は第1回宮崎本大賞を受賞している。
★2025年1月18日(土)〜26日(日)新宿シアタートップスにて舞台化!
②『猫のお告げは樹の下で』(2018年)
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失恋の痛手から抜け出せない美容師のミハルは、ふと訪れた神社で、お尻に白い星のマークのあるハチワレ猫に導かれてタラヨウの大きな樹の下へ。
はらりと落ちてきた一枚の葉には、裏に「ニシムキ」との文字が。
やってきた宮司によるとハチワレ猫の名前はミクジといい、迷える参拝者の前に現れては、お告げの言葉を一枚の葉に残していくという。
「お告げをもらえたなんて、あなたは運がいい」と言われたミハルだが、「ニシムキ」が何を意味しているのか分からない。
ほどなく、西向き部屋に住む叔母の家を訪れることとなり……。
そんな第1章から始まる本作。
ミハルの他に中学生の娘と仲良くしたい父親や、なりたいものが見つからない大学生の青年など、何かしら悩みや迷いを抱えている人々が、ミクジからお告げをもらう展開である。
シンプルなお告げの言葉が、彼らに一体どんな変化をもたらすのかが読みどころ。
本作あたりから「他人からすれば他愛ないが、本人からすると切実な悩みや不安」を抱えた人々が、ささやかな光を見つける姿を連作の形で書く、という著者のスタイルが固まっている。
また、本作の5章は転入した小学校に馴染めない男の子が主人公で、ここに姫野さゆりという養護の先生が登場する。
この名前は『お探し物は図書室まで』を読んだ人なら、「あっ」と思うはず。
③『鎌倉うずまき案内所』(2019年)
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鎌倉を訪れる人々が登場する連作集。
特徴は第1章が2019年、第2章が2013年と時間が 遡 っていき、最終章が1989年となるところ。
つまりは平成の時代を逆行していく構成だ。
人生の迷子となっている老若男女が鎌倉で道に迷い、「鎌倉うずまき案内所」にたどり着く。
そこには双子の老人の内巻さんと外巻さんと、彼らが「所長」と呼ぶアンモナイトがいる。
そのアンモナイトが、訪れる人々に不思議なアドバイスをくれるのだ。
こちらも各短篇の登場人物が他の話にも出てくるが、時間が逆行していく構成のためにその人物の意外な過去が見えてくる味わいがある。
また、年代ごとの流行歌や人気ドラマなど風俗がたっぷり盛り込まれているのもじつに楽しい。
巻末には「平成史特別年表」も掲載されている。
④『ただいま神様当番』(2020年)
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毎朝バス停で顔を合わせる、世代の異なる5人が順番に主人公となる連作集。
顔ぶれは女性会社員、小学生の少女、男子高校生、大学で外国語を教えるアメリカ人、零細企業の社長の男。
毎回誰かがバス停で落とし物を拾うと翌朝、腕に「神様当番」の文字が浮かび、「神様」を名乗るおじいさんが現れる。
ジャージの上下を着て足元は裸足という、およそ神様とは思えない風貌の老人だが、彼は「お当番さん、みーつけた!」「お願いごと、きいて」と屈託なく言い放つ。
神様のお願いごとは毎回異なり、日常に倦んでいる会社員のミハルには「わしを楽しませて」と言い、がさつな弟のスグルに不満を持つ小学生の千帆には「わし、最高の弟が欲しいなあ」と言う。
困惑しながら神様の相手をしていくうちに、主人公たちは大切なことに気づいていくという内容だ。
とにかく自由気ままだが憎めない神様が魅力的。
⑤『お探し物は図書室まで』(2020年)
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何かしら日常に行き詰まりを感じている人々が主人公となる連作集だ。
彼らはそれぞれ、なんらかの理由で街のコミュニティーハウスにある小さな図書室を訪れる。
レファレンスコーナーにいるのは、白熊を思わせるほど大きくて、髪をお団子にした司書、小町さゆりだ。
訪問者の要望を聞いて彼女が渡してくれるリストの最後には、いつもなぜか無関係な本のタイトルが。
たとえばパソコンの入門書を探す販売員、朋香に渡したリストの最後には、 絵本『ぐりとぐら』とある。
各章どれも、リストの最後に挙がるのは実在の本だ。
それらの本に、彼らの悩みに対する直接的な答えが載っているわけではない。
だが、その内容を咀嚼するうちに、主人公たちは自分なりにメッセージを受け取っていく。
どんな本にどんなタイミングで出合うかによって、読み手の心に届くものは異なってくることがよく分かる。
読書の楽しさ、奥深さも伝わってくる1冊だ。
書店員たちの支持を得て、本屋大賞第2位にランクインしたのも納得だ。
★2025年3月15日、著者出身地の愛知県瀬戸市で、豪華人気声優陣による朗読劇で舞台化が決定!
⑥『月曜日の抹茶カフェ』(2021年)
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『木曜日にはココアを』の続篇。
「マーブル・カフェ」の休業日である月曜日に、マスターが抹茶カフェを開いたことから人間模様が広がる12か月間の物語だ。
本作は東京と京都が舞台。京都の茶問屋の若旦那といった新キャラクターが登場、抹茶や和菓子を絡めながら物語が連なっていく。
前作に登場した人々もその後の姿を見せてくれている。
⑦『赤と青とエスキース』(2021年)
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1枚のエスキース(下絵)をめぐる物語。
単行本の帯に「二度読み必至」との惹句があるがまさにその通りで、最後にサプライズが用意されている。
第1章の主人公はオーストラリアに1年間留学中のレイ。
現地で交際中の彼とは期間限定の恋のつもりだったが、帰国の日が近づいて心は揺れる。
そんな折、レイは彼の知人の画家のモデルを務める。
そこで描かれたエスキースが、本作の裏主人公だ。
第2章では日本の工房で働く青年がその絵の額縁を手掛け、第3章ではベテランの漫画家が、その絵が飾られた喫茶店で元弟子と対談し……と話は続き、最終章では意外な事実が明かされる。
本作は恋人同士、師匠と弟子などどれも「二人組」の関係性が描かれるのが特徴で、最終的にはある二人組の大きな愛が浮かび上がる。
こちらも本屋大賞第2位にランクインした。
⑧『いつもの木曜日』(2022年)
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『木曜日にはココアを』に登場した主人公たちの前日譚が描かれるスピンオフ的な短篇集。
ある木曜日に彼らに起きた、ちょっとした出来事が描かれていく。
田中達也さんの作品とのコラボレーションも見どころで、多くのページの下地にカラーでイラストが入っていて、眺めているだけでも楽しい絵本のような作品。
“いつものなんでもない木曜日”が“ちょっぴり特別な木曜日”へと変わっていく、ささやかな奇跡が12回味わえる。
⑨『マイ・プレゼント』⑩『ユア・プレゼント』(2022年)
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『赤と青とエスキース』の装画にかかわったイラストレーターのU-ku(ゆーく)さんとコラボレートした、文章とイラストで構成する美しい2冊。
『マイ・プレゼント』は青、『ユア・プレゼント』は赤を基調としている。
文章は詩やショートショートなどさまざまな形式で、どれも短いが優しさとエールの詰まった内容。
巻末に「present」の意味として、〈1.現在、今 2.贈り物〉と掲載されている。
自分の、あるいは誰かの切実な今を肯定してくれる、まさに贈り物のような作品。
もちろん大切な人へのプレゼントにも適しているだろう。
⑪『月の立つ林で』(2022年)
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この連作集の主人公たちの共通点は、タケトリ・オキナという人物が月にまつわるあれこれを語るポッドキャスト『ツキない話』のリスナーであること。
タケトリ・オキナによると月齢0の新月は、新しい時間のスタートのタイミング。
そんな言葉に傾けながら日常を送るうち、主人公たちの心には新しいものの見方、考え方が生まれていく。
地上からは肉眼で見えないけれど確かにそこに存在している新月同様、そこにあるのに見過ごしていた誰かの優しさや思いやり、蓋をしていた自分の奥底の思いに気づいていく物語だ。
⑫『リカバリー・カバヒコ』(2023年)
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同じ新築分譲マンションに暮らす人々が主人公の連作集。
マンションの近所の公園にあるカバのアニマルライドには、自分の治したい部分と同じ部分を触ると回復するとの噂がある。
人呼んでリカバリー・カバヒコだ。
カバヒコのもとを訪れるのは、学校の成績、話下手な性格、徒競走が苦手なこと、老眼といった悩みを抱える人々。
耳管開放症で休養を必要とする女性以外は、本格的な医療行為を要する人は登場しないのは、著者の配慮だろう。
カバヒコは何もしない。
だがカバヒコに悩みを打ち明けた時から、彼らの心の中には変化が生まれていく。
どの人物にも、すぐ傍らに何らかの示唆を与えてくれる存在がいるのも特徴だ。
たとえば足が遅くて悩む小学生男子に勇気を与えてくれるのは、スグルという同級生だ(見おぼえのある名前ですよね?)。
⑬最新刊!『人魚が逃げた』(2024年)
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週末の銀座に現れた、王子と名乗る謎の青年。
「僕の人魚がいなくなった」と言いながらさまよう彼がテレビの生中継に映ったため、SNSでは「人魚が逃げた」というフレーズがトレンド入り。
そんな騒動のさなかに、たまたま銀座にいた5人が主人公だ。
彼らの多くは実際に王子と出くわして言葉を交わし、それをきっかけに自分を見つめ直していく。
人魚といえばアンデルセンの「人魚姫」が浮かぶが、本作でも人々がこの物語について語る。
『お探し物は図書室まで』と同様、物語をどう受け取るかにその人自身が投影されていて、独自の解釈がなかなか興味深い。
もちろん、王子の正体も気になるところだ。
こうした作品に共通するのが、はっとする言葉が多く詰まっている点だ。
仕事や人間関係、人生に悩む人々が前向きな一歩を踏み出すには、それなりに説得力のある言葉が必要だが、青山作品には必ずそれがある。
読者にとってどの作品のどの言葉が響いてくるかは、その人のその時の状況にもよるだろう。
つまり再読、再再読するたびに、心に刺さる言葉は違ってくるはず。
それこそ、まるで占いのお告げのよう。それが青山美智子の作品群なのである。
\『人魚が逃げた』第一章試し読み公開中/
さらに…2025年3月、豪華コラボ小説が発売!
★今後の本選びの参考になればうれしいです!