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「顧客消滅時代」に、やるべきことは何か

小阪裕司著『「顧客消滅時代」マーケティング』の第1章・全文公開、最終回となる今回は、「顧客消滅」時代のマーケティングの核心に迫る内容です。それは、顔の見えない「マス」を狙うのではなく、「ファンダム」をつくり、育てていくこと。たいへん勉強になりました!【普及局コバヤシ】

「CM発の大ヒット」が久しく生まれていないワケ

 2020年、この年を象徴するような大ヒット商品が二つ生まれた。一つは「マスク」に代表される感染防止グッズ。もう一つは、日本映画界の興行記録を塗り替えた『鬼滅の刃』だ。
 この二つの事例から見えてくるものがある。それは「フローを狙い続けることの難しさ」である。

 いわゆる「マーケティング」という言葉は、かつては「マス・マーケティング」と同義だった。多大な広告費を投入して露出を増やし、広く知らしめることでヒット作を生み出す。
 大雑把なターゲットの区分は行うが、あとはとにかく露出量を増やして「フロー」の顧客を取り込むことを目指す。つまりそこでは、世の中にはニーズの海があり、そこに向かってどのように自社の商品を売っていくのかを考えるのがマーケティングだということになる。

 この手法が最も効果を発揮したのは、世の中に圧倒的にモノが不足していた戦後の経済復興期、そして高度成長期だ。当時は、新しいモノをどんどん買うことが、豊かになることと同義だった。たとえば自家用車を持つことは大変なステイタスであり、隣の家が買ったら自分たちも買わなくては、と誰もが考えた。私自身、子供の頃に初めて親が自動車を買ったときの誇らしい気分をいまだに覚えている。
 だから、CMや広告によって自動車の露出を増やせば増やすほど「欲しい」という欲求を喚起することができた。「チキンラーメン」など昭和のヒット商品の歴史を紐解いてみると、「CMが転機になった」といった記述がよく出てくるのは、まさにそのためだ。
 しかし、今の日本において、必要なものはほぼ行き渡ってしまった。そして、「CM発の大ヒット」も、とんと聞かなくなってしまった。
それでもある程度の年齢以上の人はまだモノに対する執着があるかもしれないが、若い人になればなるほどそれがなくなる。必要なモノを持っていなければ借りればいいと考える。そういう意味では、世の中は明らかに「ミニマリズム」に向かっている。

「F1」「F2」などというくくりはもはや意味がない

 一方、世の中が多様化することで、人々が欲しいものもまた、多様化していった。
 今でもマーケティングの本を読むと、顧客の分類方法として「F1」(20~34歳の女性)「F2」(35~49歳の女性)などという用語が載っていたりするが、もはやそんな大雑把なターゲティングでは真のニーズを把握できない時代になっている。確かに「ミレニアル世代は全体的にこういう傾向を持っている」といった世代ごとの行動様式や思考特性はあるが、結局、何を買うかは人それぞれ。ある服を見て「どうしても欲しい」と思う35歳の女性会社員もいれば、全然関心を持たない35歳の女性会社員もいる。
 多様化するということは商品数が増えるということだから、当然、一つひとつの商品の売上は下がる。むしろ、隣の人が持っているものは持ちたくないというニーズすら生まれる。つまり、大ヒット商品が必然的に生まれにくい時代になっているのだ。

「やっぱりマスだ」の原点回帰ほど危険なものはない

 しかしここで、久しぶりに爆発的な「フロー」のニーズを喚起する商品が出た。それが「マスク」である。あるいは消毒用アルコールなど除菌用品もそうだ。これこそまさに、久々に登場した、老若男女あまねく欲しがる商品だった。
 だが、逆に言えばこうした商品は、災害レベルのことが起きない限りは生まれない、ということになる。オイルショックの直後にトイレットペーパーがなくなったという話と同じだ。つまり、企業がコントロールして作ったヒットではない。「マスク特需」に沸いた企業はあくまで、時代の流れに追随したということだ。

 私がここで危惧しているのが、マスクが飛ぶように売れた状況を見て、「やっぱりマス向けの大ヒット商品作りが重要だ」という先祖返りが起きてしまうことだ。マスの時代は明らかに終わろうとしているのに、それにすがりついてしまっては、ますます生き残れなくなってしまう。
 特に、バブル期を知っている世代の人などの中には、「マス商品がバカ売れした時代」を忘れられない人たちがいる。今回のマス的なコロナ特需で妙に張り切っているこの世代の人がいたら、要注意だろう。

 社を挙げて「転売ヤー」になるという愚

 もちろん、時代の要請を的確に読み、フローを狙っていくという道を、私は否定するものではない。だが、それは結局、いわゆる「転売ヤー」と同じなのではないだろうか。
 転売ヤーとは、どんなジャンルでもいいので売れそうなものを真っ先に購入し、「ヤフオク!」などのサイトで転売する人のことを指す。マスクを超高額で販売したり、ファン向けの非売品のノベルティを即座に出品したりして物議をかもすことも多い。だが、そのことの道義的な是非をいったんおいて考えれば、「安く買って高く売る」というのは、ある意味ビジネスの基本ともいえる。
 だが、そのために彼らは常に最新情報を追いかけ、時には朝早くから並んでモノを手に入れなくてはならない。しかも、一歩間違えばすぐに値崩れしてしまう。この手のビジネスは、需要に対して供給が足りていない場合にのみ成り立つものだからだ。マスクがまさにそうで、一時はひと箱3,000円とかで売られていたマスクが、今は数百円で街のあちこちで売られている。

 ちなみに、昔のアメ横はまさに、そういう場所だったそうだ。商品は何でもいいので、とにかく売れそうなものを仕入れて売る。だから昔のアメ横の写真を見ると、食品の隣で長靴が売られていたりする。でもそんなアメ横ですら、今はほとんどの店が専門特化している。

 会社として、店として「フローを狙う」ということは、悪く言えば「社を挙げて転売ヤー活動をする」ことと同義だが、果たしてそれは持続可能なことなのだろうか。そしてこの「顧客消滅時代」に、果たしてやるべきことなのだろうか。

アマゾンに勝つ方法はある。だが……

 あるいは、潤沢な資金と優れたシステム、そして豊富な人材がいる会社なら、フローを狙ってもいいだろう。そういう会社の代表がアマゾンだ。
アマゾンが行なっているのは、超巨大規模でのITを駆使したマーケティングだ。
 まず、そもそも日々アマゾンで買い物をしている人の数がすさまじい。そんな日々の大量の購買履歴から、どんな商品にニーズがありそうかを予測して、提供し、仮説検証のサイクルを回していく。そのサンプル数は億単位になる。数百人のサンプリングにより商品開発や販売促進を行う企業とは、文字通りケタが違う。
 また、そのデータは個々のユーザーにもフィードバックされていく。自分の購入履歴やチェックした商品を踏まえてなかなかによく考えた(考えているのはAIだが)商品を推奨してくることに、もう慣れてしまい、むしろ便利に思っているユーザーは少なくないだろう。
 そんなアマゾンに、あなたの会社は勝てるのか、という話である。アマゾンに対抗するためには、少なくともアマゾン並みのIT投資が必要になる。そんな資金と覚悟があるのなら、アマゾンに真っ向勝負を挑めばいい。しかし、そんな企業がどれだけあるかといえば、おそらく全企業の0.1%にも満たないだろう。

 一昔前は「アマゾンにどう対抗するか」という話があったが、もはやその問い自体がナンセンスだ。アマゾンはすでに生活のインフラになっている。アマゾンと対抗するのは他の巨大IT企業や、アリババなど中国の巨大ネット企業に任せておけばいい。
 むしろ我々が考えるべきは、それを利用するか、そことはまったく別の領域─つまり、ストック型ビジネスの世界一で生きるかだ。

『鬼滅の刃』の不思議――なぜ、あれだけ     「クセが強い」作品がヒットしたのか

 さてここで、もう一つの2020年の大ヒットの話をしたい。『鬼滅の刃』だ。
 ご存じの方も多いと思うが、改めて説明しよう。『鬼滅の刃』とは吾峠呼世晴氏による大正時代を舞台にした漫画であり、2016年より『週刊少年ジャンプ』にて連載を開始。2019年にアニメ化されると一気にブレイクし、さらに2020年10月に公開された映画は興行収入300億円を突破と、これまでの日本映画の興行収入記録を塗り替えるほどの大ヒットとなった。
『鬼滅の刃』は主題歌のヒットやアマゾンプライムでの無料配信、各種商品とのコラボなど、さまざまなマーケティング施策を行なっている。まさに「従来型のマス・マーケティングの勝利」のように思うかもしれないが、私はそうではないと考えている。
 かつてのマス商品というのは、たとえば自動車がそうだし、さらに古い時代までさかのぼれば「ダッコちゃん」や「フラフープ」といったようなブームを巻き起こした商品もそれにあたるだろう。人々がそれらを求めた要因は「周りの人が持っていたから」、あるいは「ないと不便だから」であり、誰からも愛される商品、誰にとっても使いやすい商品こそが、大ヒットの条件だった。
 一方、『鬼滅の刃』は、かなりクセの強い作品だ。読んでみればわかるが、暴力的なシーンやグロテスクな描写も多く、決して万人受けする作風ではない。しかし、その個性の強さこそが、一部の熱狂的なファンを生み出した。
 熱狂的なファンたちと、その人たちが作り出す世界のことを「ファンダム」と呼ぶが、『鬼滅の刃』のヒットの核にはこの「ファンダム」があった。そして、そのファンダムの世界観を大切にしつつマスに広げていくマーケティングを行なったからこそ、あれだけの大ヒットになったというのが、私の分析だ(マスに「広がった」ことにはさまざまな要因があるが、そのことについては、また後の章で述べる)。

 ちなみに、『鬼滅の刃』に抜かれるまで日本映画の興行収入記録を持っていたのは、宮崎駿監督の『千と千尋の神隠し』だったが、あれも今思えば、かなりクセの強い作品だった。「ファンダムをコアとした大ヒット」の先駆けだったのかもしれない。

人口8万人の街で、1万人のファンを持つ      ハンバーグ店

 さて、ここで「マスク」と『鬼滅の刃』という二つの話をさせていただいたのには、理由がある。顔の見えない「マス」を狙うのではなく、「ファンダム」を作り、育てていくこと。これこそが「顧客消滅」時代のマーケティングの核心だと考えているからだ。
 事例として紹介した新大阪のバー「バーキース」も、新潟の「エスマート」もまさに、ファンダムに支えられているからこそ、コロナ危機を乗り切ることができている。
 
 ここで、ファンダム作りにおいて、圧倒的な成果を出している事例を紹介したい。愛知県蒲郡市にあるハンバーグレストラン「炭棟梁」だ。
 この店には「炭棟梁大使」という、いわばファンクラブのような制度があるのだが、2020年には会員がついに1万人を突破した。人口約8万人の街の、たった1店舗しかないハンバーグレストランが1万人のファンダムを持っているというのだから、まさに異常である。
 そして、こうなるともう、何でもできる。実際、会員が5,000人を超えたときからこの店では夜の営業をやめ、昼のみの営業にしてしまった。それでも、十分利益が出ているのだ。
 さらに驚くのは、この店がファンダムを意識してファンクラブ制度を作ったのは、わずか3年前のことなのだ。たった3年で1万人のファンダムができてしまったことになる。
 この店は2,000円から3,000円という価格帯のハンバーグが中心なのだが、実は4年前には、同じようなハンバーグを980円で、しかも前菜ビュッフェやピザ、ドリンクバーまでつけて提供していた。それでもお客さんは来なかった。しかし、ファンダムを意識した活動を始めて約3年で、メニューや営業時間を減らしたうえで、それ以上の利益が出るようになった。
 蒲郡ではかなり早い段階でコロナ感染者が出たのだが、当時も今も商売にはまったく影響はないという。
 店主の森下容輔氏は以前の自分を、「毎日深夜まで仕事をして、疲れ果てて眠る日々」「仕事が愉しくなかった」と振り返るが、今では時間的余裕も生まれ、何より愉しく商売を行っている姿が印象的だ。

「1万人のファンダム」というと、個店ではそうそう持っていない数字だろう。何しろ、単なる「1万人の登録者」ではない。「1万人のファン」なのだ。それが持つパワーを想像できるだろうか? 何かのアクションを起こすたびに「1万人のファン」が常に動いてくれるパワーを。
 ただ、ここで急いで付け加えておきたいのは、「大切なのは数ではない」ということだ。たとえば「バーキース」も、2019年からファンダムを作り始めた矢先のコロナ禍だった。それでも、自社の顧客のほんの一部でも「ファンダム化」しておけば、何が起きても手の打ちようがある。今回のコロナショックに匹敵するような緊急事態が起きても、当面の危機は回避できる。ファンダムこそが「顧客消滅時代のマーケティング」のベースとなるのである。

今回、小阪裕司著『「顧客消滅」時代のマーケティング』の序章から第1章までを、5回に分けて全文公開いたしました。厳しい社会環境のなか、みなさまのビジネスのヒントになればありがたく存じます。【普及局コバヤシ】