企業の多くは、ギャンブルをしている⁉
小阪裕司著『「顧客消滅時代」マーケティング』の第1章・全文公開、今回は、大企業にとってもBtoBビジネスにとっても、アフターコロナの時代を生き抜くための重要なキーワードを紹介。まず顧客を知ることから――とは、出版業界にとっても耳の痛い話だと思いました。【普及局コバヤシ】
●「心が豊かになる」ビジネスにとって、今はチャンスである●
「顧客の時間」はむしろ増えている
あなたは外出を自粛する中で、こんな思いを持ったことはないだろうか。
「コロナのせいでよく行っていたあの店に行けていないが、なんとなく寂しい」
顧客にとっても、ワクワクできるような場所や店は財産だ。「心の時代」である今、人々は単なるモノではなく、自分の心を充たしてくれるようなモノや場所を求めている。
そう考えたとき、実はコロナショックは、「心が豊かになる」ビジネスを展開している会社にとっては、大きなチャンスとなり得ることがわかる。
人は何らかの愉しみがないと生きていけない。ここでいう「愉しみ」とは、人としてより良く生きるためのエネルギーチャージだ。だが、海外旅行もできなければアミューズメントパークにも行けないのだ。ならば、近所の個室で接客してくれるあの飲食店に行こうか、感染対策がしっかりしているあの美容室に行こうかなど、むしろお客さんには新たな、無数の選択肢が生まれる機会となっているのが、今だ。
しかし、多くの会社ではそれに対して有効な手を打てていない。あるいは、顧客リストがないのでそれを伝えるすべがない。その結果、アマゾンプライムやネットフリックスに顧客を奪われている。
さらに言えば、より奪われているのは「顧客の時間」だ。外に遊びに行けなくなったことに加え、在宅勤務などで通勤の無駄な時間がなくなった。そうして浮いた時間は現在、ネットフリックスなどで映画を見たり、スマホでソーシャルゲームにいそしむのに使われている。
では、その時間をどうやったら自社や自店のサービスに使ってもらえるか。その発想が重要なのである。
1日で数百万円の服を買った女性が語った「ある事情」
次のエピソードは、極めて象徴的である。青山にあるゑり華(えりはな)という呉服店の話だ。
緊急事態宣言が明けてからしばらくたった頃、良い着物がかなりお値打ちに手に入った。そこで店主・花岡隆三氏は、ある上得意のお客さんに、「滅多にない良い着物が入った」と連絡した。
この方、お年は80を超えており、お出かけいただけるか心配だったが、すぐにご来店。その着物を含め何百万円分もの商品を一度に買っていったという。
花岡氏によると、その際、この方はこう言った。
「だって花岡さん、私あと何回桜見られると思う? あと何回旅行に行けるかわかる? あと何年元気に生きていられるかなんてわからないのよ!」
そう、彼女はコロナで鬱々(うつうつ)としていた。実際彼女は、この半年間に行くはずだった旅行や、海外から来るはずだったオーケストラやオペラのチケットのすべてが払い戻し、お金を使いたくても使えない状況だった。そんなとき、店主から着物の話を聞き、ワクワクして飛んできたのだ。いい着物にそでを通し、幸せな気分を味わいたい一心で。彼女が買ったのは着物というモノではなく、心の豊かさなのだ。
先ほど、顧客が戻ってくるのは「心が豊かになる」か「コスパがいい」かのどちらかの価値を提供している会社だと述べた。コロナショックはむしろ、「心が豊かになる」価値を提供できている企業にとっては、千載一遇のチャンスとなる。
そして、当のお客さんのほうも、このゑり華のお客さんがそうだったように、「心が豊かになる」買い物への働きかけを待っているのである。
こうして陥る「対症療法のワナ」
一方、コロナショックの影響に苦しむ会社は、目先の売上確保に走り、顧客の「心の豊かさ」について考えが及ばなかった会社が多いようだ。そうなるのも無理からぬ状況ではあるが、そこには危険なワナが待っている。
私が大学院博士課程のときに修めた学問分野の一つに「社会システム科学」という分野がある。そこでよく語られる、社会によく見られるパターンの一つに「対症療法のワナ」というものがある。これは目先の楽な――そして、一見問題解決につながりそうな――選択肢を選ぶことで、問題が根本的に悪化してしまうことを指し、危機的状況になればなるほど、多くの人がこのワナにはまりがちになる。
コロナ禍に限ったことではないが、いわゆる「安売り」がその典型的なものだ。とにかく、安くすればお客さんが来てくれるとばかりに安売りに走る。30%OFF、50%OFFをやる。商品は問わず、安く仕入れられるものを売る。こうした傾向は、コロナ禍の中、かえって強くなった。クリーニング業界の一例では、お客さんに袋を買ってもらい、その袋に詰められるだけ詰めてもらった衣服は全部クリーニングします、などということもやられているようだ。
それでもし今日の売上ができたとしても、顧客がストックされるだろうか。
さらに挙げれば、コロナ禍の中で飲食店が次々と「ウーバーイーツ」に登録し、宅配に参入したことも、ワナに陥る危険性をはらむ。もちろん、宅配自体は悪くない。それによって確かに一時的に売上も上がるだろう。しかし、それを通じて顧客がストックできるかといえば、どうだろう。
通常、飲食店の価値とは、料理そのものだけではなく、その店の雰囲気やサービスなどすべてを含んだものだ。料理だけで価値を伝えるのは限界があるし、万一、雑な配達員にあたってしまったら、価値はむしろマイナスになりかねない。
しかも、ウーバーイーツのシステムを使っている以上、顧客に直接アプローチすることはできない。買ってくれた方のリストはウーバーにあり、店には入ってこないからだ。ストック型のビジネスを行うにあたって、これは大きな問題だ。
「GoTo」はモルヒネである
もう一つ、私が「対症療法のワナ」として危惧しているのが、「GoToキャンペーン」だ。
もちろん、当座のピンチをしのぐために有益な手段だとは思う。しかし、それに頼り切ってしまうようでは本末転倒だ。GoToで安い料金で利用してくれた人が、通常料金に戻っても継続的に利用してくれるかどうかは未知数だ。しかも、GoToは限りある政府の予算から出されている。未来永劫続くわけではない。
助成金も含め、これらは一種の「モルヒネ」だと考えたほうがいいだろう。モルヒネが効いているうちに体質改善を図り、フロー型のビジネスからストック型のビジネスに変革しなくてはならない。
そうでないと、モルヒネ漬けになり、援助がなければ生きていけなくなってしまう。
これも科学の研究知見だが、人は不安心理が増大すればするほど、視野が狭くなって短絡的な決断をしてしまうという。もちろん、日々の資金繰りに追われる中、長期的な視野に立って物事を俯瞰するのは極めて難しいことだ。しかし、それをやらなくてはならない。なぜなら、あなたのビジネスを守ってくれるものは、国ではなく、あなた自身だからである。
●BtoBビジネスも「フローからストック」へ●
BtoB企業を支えるのも、結局は「最終顧客」だ
ここまで紹介してきたのは、主に小規模な店舗や中小企業の事例だ。
「規模の大きな企業には通用しない話だ」「BtoBビジネスでは役に立たない」
そう思われた読者の方もいるだろう。
しかし、それは誤解である。実際には大企業にとってもBtoBビジネスにとっても、「フローからストックへ」は、アフターコロナを生き抜く重要なキーワードだ。
実際、私のもとには数多くのBtoB企業からの実践の実例が届いており、驚くような成果を上げているところも少なくない。
最終顧客と直接接するわけではない「BtoB」の業種に関しては、顧客消滅の危機感はBtoCの業種に比べると、そこまで切実ではなかったかもしれない。しかし、どんなビジネスも結局は、サプライチェーンの先にエンドユーザーがいる。そこが消滅してしまえば、自社に影響が出てくるのは必至だ。
ただし、そのサプライチェーンの長さとあなたの会社のいる位置によって、影響の大きさとタイミングが違ってくる。もし、あなたの会社が飛行機の国際線で出される食事を作っている会社なら、その影響はダイレクトだっただろう。
一方、自動車に使うエンジンの部品を製造しているような会社にとっては、影響は見えにくかったかもしれない。ただ、その部品の納品先の先の先のほうには、自動車を買ってくれる顧客がいる。その人たちが自動車販売店に足を運ばなくなってしまったら、そのダメージは数カ月、数年遅れで必ずやってくる。
観光客が消滅。そのとき、老舗が仕掛けたある施策とは?
では、BtoBにおける「フローからストックへ」とは何か。最もわかりやすい例は、「メーカーによる直売」だろう。メーカーが卸や小売店を介さず、自社で直接、最終顧客に販売を行う。
コロナ禍において「最終顧客への直売」に活路を見出したのが、京都の菓子メーカーである「京西陣菓匠宗禅」だ。社長の山本宗禅氏は、日本唯一の「上技物」のあられを作ることのできる職人でもある。数々の商品を開発し、駅や空港の土産店などで幅広く販売、五つ星ホテルへも納入するなど売上を順調に伸ばしてきた。
そんな中、コロナショックが発生した。京都や大阪からは観光客が消え、あとに残ったのは山のような在庫だった。
そこで宗禅では、そうした在庫を通販で一般顧客に販売することにした。ただ、山本氏のすごさは、同じように苦境に陥った関西のお菓子メーカーに声をかけ、自社も含めた複数のメーカーによる「お菓子の詰め合わせパック」として販売したことだ。題して「【フードロス削減】関西、製造メーカーの垣根を越えた救援プロジェクト」による「菓子製造メーカー救援福袋セット」。
これは、宗禅が自社で物流を持っていたからできたことでもある。元々山本氏は、代々続く老舗の菓子メーカーをコンビニや大手流通メーカーから守るためには物流が大事だと考え、数年前に物流会社を立ち上げていたのだ。
とはいえ、誰にどう売るのか? 宗禅の通販顧客リストは1,300人。これだけの商品を売り切るには足りなかった。しかも今回、他社の在庫をすべて宗禅が買い取ったというのだから、相当な覚悟である。売れなかったらそのリスクはすべて宗禅が担うことになるからだ。これは「老舗をつぶしたくない」という一心からだったというが、一方で、さまざまな種類のお菓子が入っていたほうがお客さんは喜ぶはずだという考えもあったという。
そうして発売された商品は、当初、コロナ支援グループなどの応援を得て何とか完売。その後は、この活動がマスコミに取り上げられたことなどもあって、3回目の販売の頃になると7分で完売。それ以降も順調に完売が続くなど、爆発的な支持を得た。
とはいえ、実は宗禅には、これによる儲けはまったくなく、これだけの支持を集めても赤字だった。しかし、その代わり、貴重な資産が手に入った。それは、「顧客リスト」である。
元々、初期の宗禅は通販で伸びていった会社だったが、近年は手広く事業展開していた。ただ、今回の件で改めて顧客と直接つながることの重要性を認識。一連の活動により、顧客リストは1万5,000件を超えたという。
通販会社では「Cost Per Inquiry」という数字を重視する。リスト登録者一人を獲得するためにいくらコストがかかるかを示す数値だが、通常は一件あたり1,000~2,000円のコストがかかるといわれる。つまり宗禅は、今回は救援目的で図らずもではあるが、この活動で1,000万円以上の価値を持つ顧客リストを手にしたことになった。
取引先を「ストック化」せよ
メーカーがBtoCに進出する意味も、「顧客と直接つながる」ことにあるだろう。直接つながっていれば、ピンチに陥ったときに何らかの手を打つことができるからだ。
ただし、自社の商品を最終顧客に直接売ることができるとは限らない。
そこで、いきなりBtoCに乗り出すことが難しい企業がまず、取り組んでみてほしいのが、「取引先のストック化」だ。
この施策に取り組んでいる会社がある。建材メーカーの「朝日ウッドテック」だ。
この会社が開発・製造しているのは、主にフローリングである。特に強みは木の素材を活かしたハイエンドなフローリングだが、最終顧客に直接買ってもらうわけにはいかない商品だ。営業先は工事を行うハウスメーカーや工務店、リフォーム会社、その卸になる。
その中で工務店やリフォーム会社は、比較的小規模な事業者が多い業界だ。中には家具店などがリフォーム受注の窓口を持っているようなものもあり、その数を正確に把握している者は誰もいないといわれるほど、たくさんの事業者がいる。メーカーの限られた営業担当者が、一軒一軒営業活動に回ることは到底できない数である。
そこで同社が数年前から行っているのが、「工務店・リフォーム会社を集め、ネットワーク化する」というものだ。集めるといっても、そこで自社商品を売り込むわけではない。どうすれば工務店・リフォーム会社の業績を上げられるかを共に考え取り組む「勉強会」を立ち上げ、運営するのである。
同様の取り組みを行っている会社は他にもある。たとえばその1社が、「ロイヤルカナン・ジャポン」だ。「犬と猫の"真の健康"」のため、栄養学に基づいて開発した療法食とプレミアムフードを製造販売している会社である。こちらの対象は、全国のペットショップや動物病院となる。
これが、BtoBにおける「取引先のストック化」の手立ての一つだ。
サプライチェーンそのものの消滅を考える
実はこの手の施策は、社内で理解されづらい性質を持つ。卸や大口の取引先にいかに大量の商品を販売していくかに日々取り組んでいるメーカーの営業からすれば、売上の小さい店を一店一店相手にするのは効率が悪く感じる。しかも、あくまで「勉強会」であり、そこで販売を行うわけでもない。いったい、何のための活動なのか、ということになる。
しかし、これはメーカーにとって、今後ますます重要な活動になる。
顧客消滅時代のBtoBマーケティングにおいては、「どのようなサプライチェーンに属しているか」が決定的に重要になる。チェーンそのものが消滅する可能性があるからだ。
私が30代の頃、ある食品メーカーのマーケティングの仕事に携わったことがある。そのメーカーはずっと売上を伸ばしてきており、一見順調に見えていたが、実は危険な状態だった。なぜなら、そのメーカーの属するサプライチェーンの先は、ダイエーにつながっていたからだ。当時、小売業として日本最大の売上を誇っていたチャネルにこのチェーンはつながっていたが、その後、チェーンそのものがいったん「消滅」してしまった(その後、イオングループとなって今日に至る)。
こうした「消滅」は、当時は特異なことだったが、これからは続々起こるだろう。どんなに巨大なチェーンでも、その出口で最終顧客に選ばれなくなれば、チェーンそのものが消滅する。
それを避けるためには――サプライチェーンに属する誰が音頭を取ってもいいのだが――サプライチェーン全体を把握し、チェーン全体として最終顧客に選ばれるよう強化していくという発想が必要となる。
このような、単なる商品の売り買いだけでなく、サプライチェーンを担う会社同士がその強化を目的につながるネットワークを、私は「価値創造型サプライチェーン」と呼んでいる。
あなたの「本当の顧客」は誰ですか?
取引先企業の「ストック化」はもちろん重要だが、できればどんな企業においても、最終顧客と直接つながるという活動もすべきだろう。
最終顧客のストック化は、扱っている商品によってやりやすい、やりにくいがあるだろう。だが、どんな製品や商品に関しても、結局、利益をもたらしてくれているのは最終顧客だ。最終顧客とつながろうとしないということは、「自社の顧客を見ようとしていない」のと同義である。
だが、そんな当然のことをしない、あるいはそもそも考えようともしない企業が多いのが現状だ。それは結局、「自分の本当の顧客は誰か」を認識していないからではないだろうか。
メーカーにとって、卸や小売店は重要な取引先ではあるが、彼らが商品を扱ってくれるのは、その先に買ってくれる最終顧客がいるからだ。サプライチェーン全体を見ないと、それを見誤る。その結果、内輪の狭い世界だけに閉じこもってしまうのも問題だ。
たとえば私も付き合いの深い出版業界においては、出版社から発刊された書籍は取次(卸)に卸され、全国各地の書店に配本される。そして、その先に「読者」という顧客がいるわけだが、従来の出版社の営業は取次と書店に限定されており、最終顧客とつながる機会は極めて少なかった。せいぜい読者カードで感想を返してくれた人とか、読者向けイベントに参加してくれた人くらいだろう。そのため、10万部、20万部のベストセラーですら、そこから得られる個人情報はごくわずかだという。
一部の出版社はそれを危惧し、直接顧客とつながろうとしているが、実にいいことだと思うし、これからは必須の活動だろう。
他にも、自動車メーカーや大手食品メーカーがウェブ上にファンコミュニティを作ったりすることで、顧客とつながろうとする動きが見られるが、これも正しい動きだろう。
そこから得られる売上自体は、それほど大きなものになり得ないかもしれない。だが、それでいいのである。
その人たちがインフルエンサーとして、マーケティングに寄与してくれるという効果ももちろん、期待できる。だが、それ以上に大事なのは「顧客を知る」ということだ。そもそも顧客を知らずして商品開発や販売促進をするというのは、あまりに危険なギャンブルだ。
しかし、そんなギャンブルを、多くの企業が行なっているというのが現状なのである。