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企業にとって、ほんとうの「資産」とは何か

小阪裕司著『「顧客消滅時代」マーケティング』の第1章・全文公開、今回は、コロナショックによる自粛期間中、企業の明暗を分けたものは何か、具体的な事例を交えての解説です。「思わず納得!」と唸らされる、ビジネスのヒントが満載です。【普及局コバヤシ】

4月に「前年比150%」を達成した高級レストラン

「4月は前年比150%を達成しました」
 あるレストランからそんな報告が入ったのは、2020年5月のことだ。その店の名前は、名古屋にあるコース料理専門の完全予約制レストラン「ことわりをはかるみせ ばんどう」(以下、「ばんどう」)。あの世界的に有名なグルメガイド「ゴ・エ・ミヨ」にも掲載され、「予約が取れない店」として人気を博していた。
 この店は元々単価が高く、晴れの日ニーズのレストランだ。まさに「不要不急」の代名詞のような店である。コロナによる営業自粛要請の中、いったい、なぜこれだけの売上を達成できたのか。
「ばんどう」がコロナショックの影響から無縁だったわけでは、もちろんない。
 むしろ、元々が不要不急のニーズだっただけに、影響は甚大だった。4月に緊急事態宣言が出されると、先々まで埋まっていた予約は一気に白紙になったという。店舗もしばらくは閉めることを余儀なくされた。
 突然、顧客が消滅してしまった中、「自分ができることは何だろう」と考えた店主の坂東俊氏は、「おいしいものを食べたいけれど外食ができないことにフラストレーションを溜めている人がいるはずだ」と思い至った。そこで、店を閉めている期間にじっくりと時間をかけて開発したのが「3000円ののり弁当」と「8000円の高級弁当」だった。
 元々、フェイスブックで顧客と交流していたこともあり、その場で「究極の弁当を作ります」と宣言。その開発過程も掲載した。それを受け、顧客からは大量の応援メッセージが寄せられ、弁当の包み紙を常連の書家の先生が書いてくれることなども決定した。
 そうしていよいよ発売開始となると、爆発的な注文が入った。そして、終わってみれば4月の売上は前年の1.5倍にもなっていたという。

「深夜営業NG」の絶体絶命から          バーを救ったものとは?

 新大阪のバー「バーキース」の事例も紹介したい。
 緊急緊急事態宣言発出によって午後8時以降の営業自粛が求められる中、それこそ「手も足も出ない」状態に追い込まれたのがバーだろう。深夜営業ができないことは、バーにとってまさに死活問題である。
 そんな中、同店もさすがに4、5月の売上は落ちてしまったが、それでも前年比マイナス6%に抑え、6月以降は再び前年比を超える売上を回復しているという。
 それを支えてくれたのは、店主・山本照彦氏が「会員」と呼ぶ顧客だ。
 バーキースはご夫婦でやっている小さな店で、すでに20年以上続いている。その間ずっと常連客を大事にして商売していたが、2019年に、その常連客を会員化する制度を導入。コツコツと絆作りを進めてきた。その会員らには、1本数万円のウイスキーが予約だけで完売するというのだから、培ってきた絆の強固さがわかる。
 この会員、2020年を迎える頃には、その数が500人ほどになっていたが、そんな中でのコロナ禍である。
 同店では緊急事態宣言発出の直前、この約500人の顧客にハガキを出した。そして、開業以来の危機であることを報告するとともに、おつまみの通販とテイクアウトをやることを通知。おつまみといってもバーのおつまみだから、単価もたかが知れている。にもかかわらず、前年とそん色ないほどの売上を作ることができた。
 その理由は、500人のうち半数を超える276人が、積極的に買い物をしてくれたからだ。ちなみに、通販とテイクアウトは会員以外の人も買うことができたが、買ってくれたのはほぼすべて会員だった。
 
 誤解しないでもらいたいのは、これはいわゆる「クラウドファンディング」とはまったく違うということだ。一時期、クラウドファンディングを利用してコロナショックを乗り切る資金を調達するという動きが活発化した。だが、この事例では一方的に助けてもらうのではなく、あくまで「商売」を行なっており、相手にも喜んでもらっている。クラウドファンディングは何度もできないが、商売なら手を変え、品を変え何度でもできる。だから、何度でも危機に対応することができる。

 そして、重ねて言いたいことは、これらの店が特別ではないということだ。「ワクワク系マーケティング実践会」には同様の報告が大量に寄せられており、それを読む限りにおいては、「コロナショック」などという言葉を一瞬、忘れそうになるほどだ。

フローでなくストックの顧客を持っているか

 この二つの事例は、「顧客消滅時代に負けないビジネスの要諦」をはっきりと教えてくれる。
 だが、表面だけを見て「通販をすればいいのか」「『開業以来の危機!』と言えばいいのか」と捉えると、本質を見誤る。彼らの本質はそこではない。
 より重要なのは、「顧客を持っていた」ということだ。フローのお客ではなくストックの顧客を持っていたことなのである。

 フローとストックとは、一般的には経済学、あるいは会計学の用語である。フローとは「流れ」を意味し、一定期間内に流れていくもの。会計で言えば売上や費用などを指す。一方、ストックとは「貯蓄されたもの」であり、会社が持つ設備などの資産を指す。
 これをマーケティングの世界に置き換えると、「フロー=一見(いちげん)客」「ストック=常連客」ということになる。
 もちろん、どちらも大事である。一見客がいなければ常連客も生まれないという意味では、すべてのビジネスはフローから始まる、とも言える。
ただ、コロナショックの影響を受けなかったのは明らかに、ストックされた顧客を保持している「ストック型のビジネス」を行っていた企業や店舗であったのだ。

 フローはたとえるなら蛇口から流れ出ている水、ストックはそれが風呂桶(給水タンク、貯水槽等)に溜まったものだ。フローが止まるとは、この蛇口が閉まるということ。このとき、水を溜めておいた人はしばらく水を使うことができるが、そうでない人はまったく水を使うことができなくなる。
 コロナによってもたらされたのはまさにこの「蛇口が閉められる」という事態だった。

フローとストックの差に愕然と

 伊豆・伊東を中心に和菓子店10店舗を展開する「石舟庵」。近年の熱海活性化効果などもあって、ここ数年、業績は順調に推移していた。
 しかし、2020年4月、突然顧客が消滅した。まさに「フローの蛇口」が閉められてしまったのだ。
 
 石舟庵社長・髙木氏は当時、まずは正体のわからないウイルスに対し、従業員の安全が第一と考え全店舗の休業を決意。フードロスが出ないよう調整しながら4月下旬には順次店舗を閉め、再び営業し始めたのは5月中旬からだった。
 各店の営業を順次再開する中、髙木氏は妙なことに気づいた。売上の回復が早い店と遅い(というかまったく回復しない)店にくっきりと分かれたのである。
 同社では立地で店を分類していたが、立地による違いでもない。もちろん各店、同じ商品、同じサービスだ。

 そこで彼ははたと気づいた。「これは、以前から小阪さんが言っていた、フロー型とストック型の店の違いではないか」。

顧客から 画像データ 

 果たして、その分析はあたっていた。
 一気に売上が回復してきた店は、図らずも顧客がストックされていた店。そうでない店はフロー型になっていた店だった。ここで「図らずも」という言葉を用いたのは、同社は顧客を大事にしてきたとはいえ、「顧客をストックする」ことを会社として強く意識し、計画的に何かを行なってきたわけではなかったからだ。
 では、「図らずも」ストックされていたのは誰だったのか。大まかに言えば、それは地元住民。そして当地に別荘などを持つ方々。フロー型の店の主なお客さんは、伊豆に行ったときは立ち寄るという程度の観光客だ。
 彼はフローとストックのあまりの差に愕然としたというが、それを物語る数字がある。
 6月に入ると、新たなフェアも功を奏して売上は伸びた。しかし伸びたのはすべて、同社が「ストック型になっている」とした店ばかり。ストック型5店舗の売上は、トータルで前年比154%。しかしフロー型5店舗は前年比46%。言うまでもなく、同じフェア、同じ商品、同じサービスである。
 さらに秋になって政府のGoToキャンペーンが始まると、伊豆に観光客が戻り始め、フロー型の店の売上も戻ってきた。それでも、6月から11月までの売上を比較すると、ストック型5店舗の売上はトータルで前年比103%。しかしフロー型5店舗は前年比76%にとどまった。

 そして「何より」と髙木氏は言う。5月に営業を再開したとき、ストック型の店の顧客は口々にこう言いながら来店した。
「石舟庵に行けなくて、寂しかった」
「おたくのあんこがどうしても食べたかったの」
これには自分も含め従業員一同本当に励まされた。そして自分たちは何をやらなければならないかがはっきりした、とのこと。
 以来同社は、全店をストック型にすべく、全社を挙げて動いている。

ストック型のビジネスにとって「立地」は重要ではない

 フロー型のビジネスの象徴とも言えるのが、今回、大打撃を受けることになった「好立地の場所での商売」だ。駅前やエキナカ、SC、繁華街の中心地など、人通りというフローがなるべく多いところに出店し、常に一見客が途切れないようにする。そのうちのいくばくかが「図らずも」ストックされ、常連客になることはあるが、比率としては常にフローの顧客が多いため、フローが途切れるとあっという間に危機に陥る。
 一方、「ストック型のビジネス」においては、既存顧客を徹底的に重視する。もちろん、フローも大事だが、それよりも既存顧客と継続的にコミュニケーションを取り、長く付き合っていくことを目指す。立地は必ずしも重要ではない。だから、フローがしばらく途切れてしまっても生き残ることができる。
 これは「顧客消滅」時代にビジネスを持続していくために、決定的に重要なことだ。自分のビジネスをいかにフロー型からストック型に変えていくかがカギを握るのだ。
 もちろん、「好立地に意味がない」とか、ましてや「好立地が良くない」ということではない。先ほど「すべてのビジネスはフローから始まる」と言ったが、コロナ禍さえなければ、「好立地」の店にはやはり、フロー客が多い。1日に多くの来店客数があったり、店の前を多くの人が歩いていたりする。それは、ストック型ビジネスから見ればポテンシャルなのだ。
 私がそういう立地でビジネスを行っている企業に常々言い続けてきたことは、「その一見客をストックせよ」だ。重要なのは、多くの一見客をストックしようとするかどうかである。

4トンもの余った卵があっという間に

 そして、さらに願わくば作ってほしいものがある。「顧客リスト」である。

 コロナショックによる自粛期間中、企業の明暗を分けたのが「顧客リストの存在」だ。
 コロナ禍によって顧客が「消滅」し、店舗すら開けられない状態になった。多くの店が手も足も出ない状況になった。しかし、顧客リストさえあれば、手や足を出すことができた。先の「ばんどう」もフェイスブックなどを通じて顧客に発信し、「バーキース」も顧客にハガキを送った。

 こういう例もある。相模原で養鶏業を営む、昔の味たまご農場・田中亮氏の事例だ。
 同店の顧客は、主に業務用で同社の卵を使用する飲食店と卸先のスーパー、そして直売所と通販を通じての一般消費者だ。
 日本でもコロナが拡大しつつあった2020年2月半ば以降、飲食店からの注文が一気に減っていった。一方、例年なら3月から4月にかけては需要が旺盛な時期、生産量のほうは多くしていた。結果、あれよあれよと卵は余り、4トンもの卵が余ってしまった。
 しかもモノは卵である。一刻も早くなんとかしなければならない。
そんな同社を救ったのは、顧客リストの存在だ。業務用の利用先である飲食店には、どうお願いしても買ってもらえない。かといって、卸先のスーパーが急に大量の発注をくれるわけでもない。しかし、一般消費者はどうか。
そこで、これまで地道に増やし、関係性を深めてきた顧客リストの方々へ向け、ダイレクトメール(以下、DM)を出し、そこでこう呼びかけた。
「緊急事態、助けてください!」
 そうしたところ、顧客は一気に動いた。結果、4トンもの卵がみるみる完売。むしろ足りなくなってしまい、やり繰りに苦労するほどだった。
ちなみにこの件以降、同社直売所の売上は順調に伸び、3月以降の売上は前年比136%だったとのことだ。

「手が打てる」ことこそが重要

 もちろん、いつも「助けてください」とDMを打つ手は使えない。「ばんどう」にしても、「バーキース」にしても、通販やテイクアウトはあくまで緊急時の対策だった。レストランが高級弁当だけで売上を立て続けることはできないだろうし、バーもつまみを売るだけで成り立つわけがない。しかし、当面の危機は乗り切れた。
 たとえば、「ばんどう」では結局、この高級弁当の通販をやめてしまった。直接的な理由は、夏場に入るにあたって食中毒の恐れがあると考えたからだ。だが、すでに店舗のほうでの復活に手ごたえを感じていたからでもある。弁当によって店のことを思い出した顧客も含め、多くの顧客が宣言解除明けに続々来店してくれるようになったからだ。
 そして解除後は、たとえば、席数を減らさなくてはならないことを逆手に、「幻の酒」と料理をペアリングした特別なプランを、1日6席限定で3日間だけ企画した。売上はなんと150万円だというから、単価は推して知るべしである。しかも、これが瞬く間に完売したとのこと。

 ここでもう一度強調しておきたいのは、「ストックとしての顧客」を持ち、「顧客へのアプローチ手段(顧客リスト)」を持っていれば、顧客が消滅するという危機が起きても「何らかの手が打てる」ということだ。目の前の危機になすすべなく流されるか、成功するかはともかく、自分のビジネスを守るための何らかの手を打つことができるか。その差は非常に大きい。

「顧客リスト」という資産

 仙台市にて住宅リフォーム・リノベーションを手がける「株式会社スイコー」の事例は、そのことを如実に物語る。
 同社では、水回りなどのメーカーのショールームイベントとして、リフォームと補助金活用に関するセミナーを行なってきた。目的は新規受注だ。
 告知は地元新聞の記事広告。このやり方でこれまで500回近く開催し、2,400名以上の方々に参加してもらってきた。ところがコロナ禍で状況は一変した。メーカーのショールームが軒並み使えなくなってしまったのだ。それではと会場を自社に変更してみたが、それまでのようには集まらない。
 そこで考えた。やみくもにメディアを使って広告を打っても効果は薄いし、そもそも時勢的に、大勢集めることもできない。ならば、自社の顧客リストを使って、細やかなアプローチをしてはどうか。
 そこでまずは試しに、普段からよく注文や紹介をくださる顧客のリストから100人と、過去にセミナーへは参加したがまだ受注には至っていないお客さんのリスト100人をランダムに抜き出し、DMを送ってみた。
 そうしたところ、早速この200人の中から1件が成約。300万円の受注となった。
 この結果を踏まえ、さらに200件抽出しDMを送ってみると、またまた3件の成約に。総計1,200万円の売上が生み出された。同社の担当者は言う。「リストが打ち出の小づちのように見えてきました」。
 そう、顧客リストは打ち出の小づち、企業にとって最も大切な資産なのだ。
 
 企業にはいくつもの「資産」がある。店舗や工場、人材、技術やノウハウがその代表だが、現在のような大きな変動期には、いつその資産が陳腐化してしまわないとも限らない。だが、顧客リストだけは、このような時代にも価値を失わない、企業にとって最強の「資産」なのである。