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「起業に向けて活動中!」~産総研特別研究員/大阪大学特任研究員、畔堂一樹さん

 大阪大学のフォトニクス生命工学研究開発拠点(フォトニクス拠点)の目標は、研究成果を生かしてより良い未来を実現すること。このため、研究者自ら会社を設立し、研究成果をモノやサービスとして世に出すことを重視しています。フォトニクス拠点の畔堂一樹さんは今、研究のかたわら会社設立の準備も進めています。研究成果をどのように応用しようとしているのでしょうか。畔堂さんにお聞きしました。(聞き手、サイエンスライター・根本毅)

──所属は特定国立研究開発法人・産業技術総合研究所(産総研)と大阪大学の両方なんですね。

 はい。産総研の先端フォトニクス・バイオセンシングオープンイノベーションラボラトリ(photoBIO-OIL)の特別研究員と、大阪大学大学院工学研究科の藤田克昌教授(フォトニクス拠点プロジェクトリーダー)の研究室の特任研究員を兼務しています。

──これまでどのような研究をしてきたのか教えてください。

 専門は分光分析です。学生時代の研究テーマは、表面増強ラマン散乱という現象を利用した細胞のイメージングでした。

 分子にレーザー光を当てると、光が散乱します。散乱した光には、当てた光とは異なる色の光(異なる波長の光)が含まれていて、この異なる波長の光は「ラマン散乱光」と呼ばれます。ラマン散乱光を分析すると分子の構造などが分かって非常に役に立つのですが、ラマン散乱光はわずかしか含まれておらず、非常に微弱だという弱点があります。当てた光の100万分の1程度しか出てきません。このため1点の測定に数秒~数分の測定時間が必要になります。そのため、生きた細胞や、その反応の観察は特に苦手でした。

 解決方法の一つとして、表面増強ラマン散乱という現象を利用しました。これは、金や銀などの微小なナノスケール(1ナノメートルは10億分の1メートル)の粒子に光を当てると周りに強い光の場ができ、ごく近くの分子から強いラマン散乱光が得られる現象です。細胞の中にナノ粒子を取り込ませてレーザー光を当てると、内部に光のスポットをたくさん作ってあげたことになります。すると、わずかな時間で、分析に必要なラマン散乱光が得られます。こうして、細胞内のペーハー(pH)の変化や薬剤の取り込みなどダイナミックな現象を追えるようになりました。細胞が生きたまま、リアルタイムで見られることが利点です。

──今もその研究を?

 いえ。博士の学位を取ってから別の研究に携わり、今はその技術を事業化するため、研究開発のかたわら起業に向けた活動もしています。

──その研究について教えてください。

 多点同時ラマン計測装置の開発です。長い測定時間を必要とするラマン分光分析の弱点を解決するため、同時に多数のサンプルを分析できる装置を開発しました。完成させたプロトタイプ機は、市販の96穴マイクロウェルプレートがセットできるようになっていて、1回の操作で96のサンプルを同時に分析できます。

開発したプロトタイプ機

 使い道は、例えば創薬でのスクリーニングを想定しています。薬には低分子医薬品やバイオ医薬品がありますが、実はその低分子医薬品の開発でラマン分光分析が使われています。私たちが口にする錠剤は、化合物が結晶化したものです。同じ化合物でも結晶の構造にはいくつか種類があり、結晶構造が変わると胃で溶けるか腸で溶けるかなど薬の性質が変わります。薬をデザインする上で、どういう結晶にするかを決めることは大切なプロセスです。

 このため、結晶構造がわかるラマン分光分析を使い、狙った通りの結晶ができる条件を調べているんだそうです。ただ、条件を数千や数万通りに変えて調べるため、一つ一つ測定する従来のラマン分光装置だと時間がかかります。私が開発した装置で効率化できれば、創薬の役に立つと考えています。

──実際にそのような現場の声があるのですか?

 はい。創薬に携わっている方の聞き取り調査を行い、ニーズがあると確信を深めています。

 また、薬の候補化合物を細胞に投与して反応を見るために色素を使うそうなのですが、私の多点同時ラマン計測装置で置き換えられないかと考えています。ラマン分光分析を使えば、染色や固定処理がいらないので一般的な試薬を用いた分析に要していた時間が不要になります。時間をかけて変化を追うこともできます。

 さらに、創薬以外にもさまざまな分野の方を対象にニーズの聞き取り調査を行い、可能性を探っています。

──起業に向けて活動しているということですが、起業は以前から考えていたのですか?

 博士課程の頃から起業に憧れて、将来の選択肢の一つとして考えていました。恩師の河田聡・阪大名誉教授が現役の教授の時にベンチャーを創業し、経営に関わっていたのを見ていた影響が大きいと思います。私の親は普通のサラリーマンだったので、親だけを見ていたら起業の道は考えないと思いますが、河田先生の研究室に入っていろいろなキャリアを歩む人がいるのを見て、選択の自由度が広がりました。

 博士課程は、自分の興味を突き詰めて行く時期です。そのアウトプットとして、研究成果の社会実装を目指すのは自然な流れだと思います。

──多点同時ラマン計測装置の仕組みを教えてください

 通常のラマン分光分析装置は、サンプルの1カ所にレーザー光を当て、そこから出てくるラマン散乱光を検出します。これを並列化するイメージです。強いレーザー光を光ファイバーで分割して96のサンプルに照射し、それぞれのラマン散乱光も光ファイバーで検出装置に送ります。

 シンプルなアイデアですが、強度のばらつきを解決するのが難しく、そこにノウハウがあります。

──起業に向けて、現在はどのような段階ですか?

 ベンチャーキャピタルと相談しながら進めています。事業の形態は装置販売が一つの軸なのですが、まずは受託計測でスタートしようかと考えています。製薬会社などからサンプルを受け取り、測定してレポートを返す形です。クライアントがそのデータを見て、この装置が今後も分析方法の一つとして使えそうだなと思ったら、また依頼してくれるでしょう。そのようにして受託計測でニーズを調査しつつ、装置にフィードバックして仕様を固めていくイメージです。いかに魅力的なアプリケーションが提示できるかがポイントだと考えています。

 装置販売に関しては、装置の省スペース化に取り組んでいます。プロトタイプ機は1メートル四方の大きさで、もっと小さくして販売するつもりです。

──起業のため、研究開発の他にどのような活動をしていますか?

 昨年から今年にかけて、大学発の医療系スタートアップを対象にした支援プログラム「B-GEAR」に参加しました。B-GEARは、事務局が筑波大学に置かれ、大阪大学やカリフォルニア大学サンディエゴ校(UCSD)なども関わっているプログラムです。シーズの実用化や起業を目指す研究者に対して、個別のニーズに合わせた指導チームを編成し、各領域の専門家もメンターとしてアドバイスをくれます。

 事業計画の作成などビジネスを始めるための知識をブートキャンプ的に学べる良い機会だと思って参加しました。結構しんどかったのですが、いろいろなことを学んで財産になったと思います。

──どのような日程でプログラムは進んだのですか?

 昨年8月に2日間のブートキャンプがあり、その後に2週間に1回程度のペースで計5回、メインプログラムが実施されました。メインプログラムの内容は、ポジショニング・競合分析や薬事・規制対応、知財戦略などをテーマにしたグループワークやメンタリングです。その集大成として、海外研修派遣チームの選考会が昨年11月に開かれ、英語によるビジネスピッチで競った結果、9チーム中の上位3チームに入りました。

 海外研修は今年2月、5日間の日程でアメリカで行われました。研修中は、英語で突然、ピッチを振られることもありました。自分の技術などがしっかり頭の中で整理されていないと、とっさの場合に言葉が出てこないですよね。それを身をもって知ることができたのは大きな体験でした。

 また、アメリカで事業を始めることになった場合のとっかかりができたのも大きいですね。アメリカのメディカルスクールの先生や創薬メーカーの研究員と話をすることができました。さらに、一緒に参加した2チームとも仲良くなれて、横のつながりもできました。彼らは既に起業しているので、先輩として参考になる話をたくさん教えてもらいました。自分が起業している姿がイメージできるようになってきたので、早ければ今年度中に起業したいと考えています

──将来の目標は何ですか?

 アメリカに行きたい。海外展開したいと考えています。海外研修で、マーケットの規模がまったく違うと実感しました。投資の額も日本とは桁が違います。会社の規模を拡大してより広く世の中に認知してもらおうと思ったら、アメリカに絶対に行かなければなりません。

──起業のための活動は楽しいですか?

 新しいことに挑戦するのは楽しいですね。困難な局面や失敗もあると思いますが、挑戦することで自己成長や達成感が得られると思いますし、人との出会いを通じて充実感も得られます。共創の場拠点で、考え方や価値観が異なる人との交流できるようになり、多くの面で学ばせてもらっています。例えば、人を納得させる方法がサイエンスとビジネスではまったく違います。それぞれの場面で頭を切り替えなければなりません。

 サイエンスの世界にいる私たちは原理や技術が気になりますが、ビジネスの世界ではそこはスルーされて、みんな「何に使えるのか」などアウトプットに興味があるんです。そういうことを学んでいます。相手によって、伝え方を変えなければいけないと分かりました。

──今、苦労していることはありますか?

 チームビルディングに苦労しています。「私がCEOをやる」とは言っていますが、ベンチャーキャピタルの立場では経営の経験がある人の方がいいんです。いずれにせよ、1人で起業するのは現実的ではありません。起業経験のあるアントレプレナーの方や、創薬関連に精通している方と一緒に起業できたら理想的ですが、世の中の人材も限られているので難しいでしょう。大切なのは共通の理念を持てること。そんな仲間が見つかれば、二人三脚で一緒に成長していきたいです。

 また、私たちは計測のアプリケーションの蓄積も進めています。このデータは思いがけないところで活用できる可能性があると期待しています。無標識・低侵襲だからこそ見えてくる、貢献できる事象があるはずです。

 もし興味がある方・企業がいらっしゃれば、一緒に連携して調査することができると思います。ぜひ連絡してほしいです。

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