光の技術を医療につなげるために~大阪大学医学部附属病院未来医療センター長、名井陽さん
今回は、大阪大学医学部附属病院の未来医療センターのセンター長を務める名井陽(みょうい・あきら)教授にインタビューをしました。未来医療センターは今年5月からフォトニクス生命工学研究開発拠点に参画し、拠点が目指す「ビジョン」をともに考えて研究開発を進めようとしています。まずは「未来医療センターはどんな組織?」という質問から始めました。(フリーライター:根本毅)
──未来医療センターはどのような組織なのですか?
未来医療センターは、大阪大学医学部附属病院に2002年に設立された組織です。病院は診察をしますよね。大学病院は研究もしています。その研究の中でも実用化研究の部分、いわゆる橋渡し研究を担当しています。
──具体的にはどのような実用化研究がありますか?
いろいろな研究を支援しています。再生医療であれば、重症心不全の患者さんの心臓表面に移植する「ハートシート」が製品化されていますが、その研究用細胞は未来医療センターで作っていました。
整形外科の医療機器で製品化に成功したものとしては、骨の変形矯正システムの開発があります。腕が変形した場合に生活に支障がないように手術をするのですが、手術で埋め込む固定用プレートと、計算通りに手術ができるようにするガイドをデザインし、作成するシステムです。
──実用化の実績がある未来医療センターが、フォトニクス生命工学研究開発拠点に参画したわけですね。参画を決めるにあたり、どのような期待がありましたか?
我々の重要なミッションの一つが、学内で良い研究を探して実用化することです。そのためには、異分野の研究を医学につなげることが重要です。
一方、拠点の中心である工学部のフォトニクスセンターは技術をベースにして、社会実装という出口を探している状況です。これは、出口側から見ないと成功に結びつけるのはなかなか難しいんです。
医療ニーズを知り実用化のノウハウを持つ我々と、シーズを持つフォトニクスの研究者が手を組めば、互いに必要とする部分を補い合えます。
それから、光は生体にやさしいんですよね。光関連の技術レベルを飛躍的に上げることによって、患者さんや人々の健康に関することが大きく変わる可能性があります。フォトニクスの研究者もそういうことがやりたいのだと思います。我々とビジョンが一致していると感じています。
──拠点に参画してあまりたっていませんが、これまでどのような活動をしましたか?
拠点の「実現したい社会像(ビジョン)」を考えるビジョンデザインワークショップに参加しました。出口を担当する者として、医療側から見たニーズという視点から意見を出しました。今後、拠点の活動が本格化していけば、出口を見据えた研究の方向性や、データの取り方も含めてお手伝いすることになります。
──ワークショップはいかがでしたか?
楽しかったですよ。デザイン思考を実践するワークショップでしたが、このデザイン思考は医療機器の領域では今、結構やられているんです。医療機器のニーズを発散させて収束させて、コンセプトをまた発散させて収束させて、ということをやります。今回はビジョン形成が目的だという違いはありましたが、実際に体験できて非常に面白かったですね。しかも、普段とは違って医療のニーズ以外からも考えました。勉強になりました。
──センターが支援する研究に、フォトニクスが関係するものはあるのですか?
結構ありますよ。例えば、がん治療の方法として光線力学療法というものがあり、研究の支援をしています。化学物質を投与しておいて、光を当てると物質ががん細胞を殺すという治療です。
あるいは、高解像度顕微鏡とAI(人工知能)を組み合わせて生の組織の測定・診断をするというプロジェクトもあります。拠点に参画して、拠点リーダーの藤田克昌教授がどんな研究をしているかを知ったので、我々が支援しているAIのチームと会ってもらい、一緒にできることがないか探索を始めました。
──先ほど、光は生体にやさしいとおっしゃいました。生体を傷つけずに測定できるのがフォトニクスの良さですね。
そうです。最近、病院やショッピングモールの入り口に、顔を近づけたら体温が分かる装置が置いてありますが、例えば新型コロナの陰性証明であれに近いものができないかなと思っています。施設に入る時に、ペロッとなめて渡せば陰性かどうか分かる、というように。それを光の技術で実現するというのが、ちょっと先の社会像として考えられる気がします。昔は、血圧の測定は医師にしかできませんでしたが、今は簡単にその場でできるようになっているのですから。
──拠点への期待をお聞かせください。
実現できるか分かりませんが、例えば今は、体の標準的な検査にエックス線を使っています。何度も使用すると、患者も医療従事者もそれなりに被ばくします。光の技術でこの問題を解決できる可能性があると思います。
また、病理診断は、何を染めているか分かっていないような染色液で染め分けて、顕微鏡で見てエキスパートが診断しています。これも、光の技術で変わる可能性があると思っています。
──拠点では今後、どのような関わり方をするのでしょう。
一番の役割は、実際に患者さんや一般の人に届けられるようなターゲットに促すことですね。拠点の出口は実用化だと思いますし、我々にとっても実用化が最大の目標なんですが、そのためにはマーケットにつなげないといけません。ニーズやマーケット、規制に関することも含めて、総合的に道筋を作っていくのが我々の仕事だと思っています。国の橋渡し事業は今年が15年目で、ノウハウや人脈はそれなりにあります。
──規制を考慮することも大切なんですね。
新しい技術の場合、規制自体がないんです。ですから、規制側である省庁などが納得するようなスペックを一緒に考えることも必要です。規制側に「これだけのスペックだったら人に使っていいでしょう」と言ってもらえるようにしないといけません。
マーケットに関しては、医薬品なら薬事承認が取れたら一緒に保険適用になりますが、医療機器はそうはなりません。開発した医療機器を使ってもらっても保険が付かない場合が多い一方、医療上の意義が証明されて保険点数が付くように認められた道具もあります。医療機器を普及させるためには、保険に関して戦略が必要です。
──工学部の先生には、そんなことは分かりません。
そうですね。ですから、いろんな分野の方が拠点に集まることが重要なんです。新しい医療の開発はシーズあってのことです。シーズはサイエンスです。サイエンスのレベルの高さが非常に重要です。しかも、この拠点ではデザイン思考を取り入れて柔軟な対応をしてもらえそうなので、非常に期待しています。