「バイオセンサーでみんなが健康に」~大阪大学特任准教授、齋藤真人さん
「病気の治療や健康維持の手助けをする道具を作りたい」――。大阪大学先導的学際研究機構の齋藤真人・特任准教授は、腸内細菌を簡単に手早く調べられる装置や、各個人の免疫細胞の状態を調べられる装置の開発に取り組んでいます。実現したら、私たちの暮らしはどのように変わるのでしょう。フォトニクス生命工学研究開発拠点のメンバーである齋藤さんを訪ねました。(聞き手、サイエンスライター・根本毅)
──学生時代からこれまで、どのような研究をしてきたのですか?
学生の頃は、原子間力顕微鏡を使ってDNAやタンパク質など生体分子のイメージングをしていました。ナノの世界をイメージして、実際の表面状態や分子の振る舞いなどを理解するのは大事だなと勉強になりました。博士号を取得した後は研究テーマをガラッと変え、マイクロ流体デバイスをメインに研究開発をしています。
──マイクロ流体デバイスとは?
試験管などの実験器具が、微小なチップ(基板)上にマイクロの大きさで作られているとイメージしてください。微小化すると、反応を高速にしたり高感度にしたりできるメリットがあります。
──具体的に、どのような研究開発をしているのでしょうか。
二つあります。一つは、マイクロ流路PCRチップの研究開発です。PCRは通常、ものすごく熟練した技術を必要とするのですが、そのような技術が不要で誰でも使える、高速なPCR装置を開発しています。
このPCR装置で感染症の検査がどこでもできるようにしたいと考えています。また、腸内細菌の測定への応用も進めています。今、食事や運動で腸内環境を整える「腸活」がだいぶ認知されてきましたよね。ヨーグルトや食物繊維を取るようにして、腸内細菌の「善玉菌」を増やそうとしている人はたくさんいると思います。しかし、効いているのか効いていないのかよく分からない、というのが実情でしょう。
腸内細菌の種類やバランスを調べる方法としては、次世代シーケンサーと呼ばれる装置で便に含まれる細菌の遺伝子配列を網羅的に調べる方法が一般的です。しかし、1回の検査に数万円かかり、結果が出るのは約1カ月後。でも、1カ月前に何を食べたかなんて思い出せない人がほとんどでしょう。
私が目指しているのは、便を検査機関に送ると、翌日には結果がスマホで返ってくるようなサービスです。すると「あれを食べたからこの結果になったんだな」とイメージしやすいですよね。それも、どの菌がどれくらいの割合でいるかが見える化されていると、健康意識の向上に大いに役立ちます。ゆくゆくは、病気になりにくい生活を送るためのサポートができたらいいなと思っています。
──実用化は近いのですか?
既に腸内細菌を測定できるようになっているので、2年以内にスタートアップ企業を設立したいと考えています。
私は実用志向があって、家庭にバイオセンサーを入れたいと考えています。糖尿病の人が家庭で血糖値を測定することはありますけど、それはあくまでも医療行為。そうではなく、健康な人が普段の生活でバイオセンサーを使うような未来を実現したいですね。病気にならない状況を日々、意識できるような計測装置を作りたいと考えています。
──どんなイメージですか?
例えば、トイレにセンサーが入っていて、勝手に腸内細菌を計測してくれたらいいですね。「今日の腸内細菌はこうでした。ちょっと繊維が足りていませんよ」と指摘してくれて、「今日のお昼はこういうものを食べましょう」とアドバイスしてくれるのはどうでしょう。健康管理にはストイックなイメージがありますが、楽しく心地よくできるようになったらいいなと思います。その手助けをしたいですね。
──開発したマイクロ流路PCRチップはどのような仕組みなのですか?
PCR装置は、DNA合成酵素を使って特定の遺伝子配列だけを増幅する装置です。だから細菌やウイルスの遺伝子配列が分かれば、その細菌やウイルスが含まれているか検出できます。
遺伝子を増幅する際には、溶液を高温にしたり低温にしたりということを繰り返す必要があります。通常はプラスチックのチューブに溶液を入れて温度の上げ下げをするのですが、私は直径5ミリの環状のマイクロ流路を作り、溶液が流路を1周する間に高温部分と低温部分を通って増幅反応が進むようにしました。
この仕組みでも対流が起こって溶液は流れるのですが、通常のPCRと速度があまり変わりません。そこで、遠心力を利用して対流を速くする工夫をしました。また、PCRをしながら、増幅したDNAをフォトニクス技術で検出します。その結果、通常のPCRが前処理も含めて2~3時間はかかるのに対し、15分で終えられるようになりました。
──PCRは特定の遺伝子について調べる方法なので、一度に全種類の腸内細菌は調べられませんよね。
そうです。すべてを網羅的に調べるのではなく、ビフィズス菌や乳酸菌、フィーカリ菌など、ある程度決め打ちして調べます。次世代シーケンサーで網羅的に調べる検査とどちらが優れているというのではなく、補完関係にあると考えています。
私が開発した装置は、一度に最大12種類を調べられます。現在、腸内細菌とさまざまな病気との関係が研究され、「この腸内細菌は肥満に関係している」「あの腸内細菌は大腸の炎症やがんに関係している」というようなことがだんだんと分かってきています。将来は、太りにくさの検査やがんのリスクの検査などニーズに合わせた対応ができるようになると思います。
──もう一つの研究テーマについてもお聞かせください。
免疫系細胞の機能や活性を1細胞レベルで計測するためのマイクロ流体チップを開発しています。免疫細胞にはT細胞やB細胞、マクロファージなどいろいろな種類があり、それぞれ機能や役割が違います。また、同種の細胞でも一つ一つ活性が異なります。そこで、一つの細胞の機能を調べられるようにしました。
──どのような利用をするのですか?
私がメインにターゲットとしているのはがんです。医療が進歩し、がんも一部は治る病気になってきましたが、亡くなる人はたくさんいます。がんがどうして治しにくいかというと、もともとは自分の細胞だったので、免疫細胞が攻撃対象ではないと認識してしまう場合があるからです。
ノーベル賞受賞者の本庶佑先生の研究から生まれたがん治療薬「オプジーボ」は、がんを「自分の細胞である」と免疫細胞に認識させないようにする薬です。うまく働けば、免疫細胞ががんを攻撃してくれます。しかし、この薬で治療効果がある人は実際は2割しかいません。私の装置を使って、なぜそれが2割なのかという理由にたどり着けるようにしたいです。
例えば、T細胞はがん細胞を攻撃する時に消化酵素を放出するのですが、一つ一つのT細胞が出す消化酵素の量を調べられる装置を開発しました。T細胞を大きなチューブの中に入れてしまうと消化酵素が拡散してしまうため、どの細胞から出ているのか分からなくなってしまいます。そこで、細胞より一回り大きい部屋をつくり、その中に細胞を一つ置いて閉じ込めることで、消化酵素が飛んでいかずにたまるようにしました。また、消化酵素が出ると蛍光を発する試薬を用いて検出する仕組みにしています。
──どんなことが分かるのですか?
オプジーボを免疫細胞に作用させ、どのタイプの免疫細胞が活性化するかをこの装置で調べれば、薬が効くか効かないかを調べられると考えています。つまり、効果をあらかじめ調べられる診断チップを作ろうとしています。さらに、薬が効く人と効かない人の違いを調べる基礎研究にも役立てられると思います。
オプジーボは一種の抗がん剤で、副作用があります。さらに、高額の治療費がかかります。事前に効くか効かないかが分かれば、患者さんの苦しみを減らし、医療費の削減にもなります。
──この装置の開発はどの段階ですか?
患者さんの臨床検体を使い、有効性を調べている段階です。2、3年以内の実用化を目指したいと考えています。
私は母をがんで亡くしたこともあって、病気の治療や健康維持の手助けをする道具を作りたい、人の役に立つものを作りたい、という思いがあります。
PCR装置も、取り組みたいと思った理由は子どもの中耳炎なんです。耳だれが出てきて、クリニックで抗生剤を処方されたのですが、どの抗生剤を処方するかというのは乱暴な言い方ですけどお医者さんの勘なんですね。体に感染している菌に効くか効かないかはその場では分からないのが実情です。「それが効かない場合はどうしたらいいですか」と聞くと、「ごめん、別の抗生剤にするから来週もう一回来て」と言われました。「小さい子が泣いているんだけどな」と思いました。お医者さんも心苦しそうでしたね。
──医療現場はそれほど科学的ではないですよね。
そうなんですよ。そういうのを少しでも解消できたら、と思っています。また、私はものづくりが好きなので、自分でアイデアを出して形にしていく、実際に使えるようになる、というのは楽しいです。
──そのような点に研究開発のやりがいを感じているんですね。
ええ。ですから今、とても楽しいです。このような研究環境をいただいて、フォトニクス拠点には感謝しています。特に私のテーマは医学部に協力してもらうことがとても大事になってきますので、医工連携しやすい環境はとてもありがたいと思っています。