阪大の研究拠点がキックオフ~「ひとりひとりが健やかに輝く、いのちに優しいフォトニクス社会」に向けて
フォトニクス生命工学研究開発拠点のキックオフシンポジウムが8月5日、大阪市内で開かれました。同拠点の活動のほか、大阪大学の他の研究開発拠点の取り組みも多数紹介され、大学の最先端の研究に触れる良い機会でした。これら最先端の知が刺激しあい、イノベーションが生まれるのでしょう。成果が楽しみです。この日の様子をレポートします。(サイエンスライター、根本毅)
「本格型」に昇格
「なぜ今、キックオフ?」
こんな疑問を抱く人もいると思います。そうです。拠点は2年前にスタートし、これまでにメンバーの紹介やワークショップのレポートをしてきました。
実は、拠点は今年4月に〝脱皮〟しました。拠点を支援する国立研究開発法人・科学技術振興機構(JST)の「共創の場形成支援プログラム」(愛称:COI-NEXT)による審査の結果、「育成型」から「本格型」に昇格したのです。本格型になり、得られる支援額が1ケタ上がったうえ、2年程度だった支援期間も最長10年にリセットされました。
異分野融合型支援事業との共催
気持ちも新たに開催された今回のシンポジウムは、異分野融合型研究開発推進支援事業シンポジウムとの合同で行われました。国立研究開発法人・日本医療研究開発機構(AMED)が進める事業です。AMEDの担当課長はシンポジウムで、事業の趣旨を「医療分野を専門としない研究者に、医薬品や医療機器といった医療分野の実用化につながる研究開発を進めていただこうというもの」と説明しました。
フォトニクス生命工学研究開発拠点も、光の学問であるフォトニクスを医療やAIなどさまざまな分野と融合させ、人々が健やかに過ごせる未来を作り出そうという試みです。だからこその共催なのでしょう。このシンポジウムを通じて、「拠点とは、異なるもの同士が出会う場である」というメッセージを強く感じました。
251人が参加
さて、当日の様子です。シンポジウムには計251人(オンライン206人、来場45人)が参加しました。
西尾章治郎・大阪大学総長の開会挨拶が分かりやすかったため、一部引用します。
この後、文部科学省の担当室長や共創の場形成支援プログラムオフィサーらの挨拶が続きました。初めて知ったのですが、COI-NEXTでは大阪大学の4拠点が全国最多だそうです。
思いの詰まった拠点ビジョン
拠点のプロジェクトリーダーである藤田克昌・大阪大学工学研究科教授が活動について説明しました。拠点ビジョンの「ひとりひとりが健やかに輝く、いのちに優しいフォトニクス社会」について、「僕たち関係者は非常に気に入って、しっくりきています」としたうえで、「初めてこれを聞いたら何のことか分からないのではないでしょうか」と語りかけ、下のスライドで解説しました。
「シンプルな言葉ですが、たくさんの思いが詰まっています」という言葉が印象的でした。さらに「私たちの成果は、パイロットスタディ的に一つ一つが打ち上げ花火です。その成功を見て、技術やデータ、ノウハウ、仕組みを求めて世界から人が集まる創造のための拠点となればと考えています」と話しました。
岩永茂樹・副プロジェクトリーダーからの説明では、この共創の場の拠点を中心としたスタートアップエコシステムの説明と、所属するシスメックスの本拠点での研究成果として、「分光技術を用いたアミノ酸の高感度検出・識別技術」や「各種バクテリアのラマン分光データの取得」などが紹介されました。
6つの研究開発課題
拠点は6つの研究開発課題を定め、取り組みを進めています。各課題リーダーが、詳しく説明しました。
課題1「生体情報の多重計測・イメージング技術の開発」
課題2「小型・低コストな診断・検査機器の開発」
課題3「細胞応答計測のための生体組織デバイスの開発」
課題4「機能制御された人工生体組織の作製技術の開発」
課題5「生体情報解析による生体分析・診断法の開発」
課題6「研究成果の実用化・活用/普及の把握、人材育成」
ここで紹介されたフォトニクスの基盤技術の1つが、ラマン分光法です。分子に光を当てると、分子の情報を持ったラマン散乱光という微弱な光が出てくる、という現象を利用し、医療や創薬技術に応用しようという狙い。例として、がん細胞と非がん細胞を見分ける研究が挙げられました。光を使うため、非侵襲で観察できることが大きな利点です。
このほか、6つの課題で進めている研究として、
・iPS細胞が心筋細胞や肝臓細胞にきちんと分化しているかどうかの識別
・細胞に薬剤が取り込まれる様子の観察
・家庭用超小型PCR検査機器の開発と感染症や腸内細菌の検査への応用
・PCR検査の10倍高速化
・薬効/毒性判定のオンチップ化
・がんの術中判定
・3Dバイオプリント技術を中心とした立体臓器の構築
・患者のがん細胞の培養システムの開発と個別化医療
・動物に頼らない創薬技術や食生産
などが具体的に紹介されました。
拠点では、社会実装が2~5年でできそうなものと、7~10年の比較的長い時間が必要なものの2つのフェーズに分けて取り組みを進め、さらに大きな発展につなげていこうという考えです。
異分野融合型の3つのシーズ
この後、異分野融合型研究開発推進支援事業のセッションに移りました。ここで発表されたのは、同事業で採択された研究課題のうち、フォトニクスに関係がある3つのシーズです。
「低侵襲精密医療をサポートするスマートラマン分光法の開発」
熊本康昭助教
大阪大学大学院工学研究科 物理学系専攻 応用物理学ナノフォトニクス「生体内ポリアミン類の迅速・「その場」定量法の開発を目指して」
椿一典教授
京都府立大学大学院生命環境科学研究科 応用生命科学専攻「細胞内1分子自動解析を用いた創薬基盤技術の創出」
上田昌宏教授
大阪大学大学院生命機能研究科
「共創の場は大学に変革をもたらすか」
最後に、「共創の場は大学に変革をもたらすか」と題してパネルディスカッションが開催されました。オーガナイザーを大阪大学の尾上孝雄理事・副学長が務め、パネリストとして大阪大学にあるCOI-NEXT4拠点のプロジェクトリーダー4人が登壇しました。
「なぜ、他の拠点のプロジェクトリーダーも?」と思っていると、尾上理事から「大阪大学には本格型2つ、育成型2つの4拠点があり、いかに連携するかが大学に求められていると思っています。藤田先生が豪腕で3つの拠点長全員をここに呼んでくださいました。皆様から拠点の活動と、どのように大学や社会を変えていくかという話をしていただこうと思っています」と紹介がありました。
4つの拠点は全く分野が違います。フォトニクスの他の3拠点は、量子コンピューターのソフトウエア開発、フードロスという社会課題の解決、地域共創で新しい未来をつくる取り組みがテーマ。大阪大学の懐の深さでしょう。
パネルディスカッションの最初のテーマは、社会課題に対してどのようなアプローチが必要か。発言の一部を紹介します。
北川教授「窒素固定や光合成を完全に解明してミミックできれば、地球環境や食料、エネルギーの問題をほぼ解決できると、割と確信を持っています。今は『量子コンピューターに何ができるの?』という勉強や人材育成から着手している状況で、なかなか遠い道のりだなと思っています」
藤田教授「我々のミッションを決める際に、皆で自由に考え、個人の発想を膨らませていくと大きな創造につながると実感しました。1つのヒントとして、ダイバーシティですね。多様な考え方を取り入れて、自分も考えを進めていくということが1つの方向性かなと思います」
福﨑教授「フードロスの問題は、生産ロスから加工ロス、流通ロス、消費ロスといろいろあり、それぞれエシックスのレベルだったり、サプライチェーンの相場の問題だったりと異なります。非常に複雑でステークホルダーが入り組んだ問題を解決するために、場合によっては経済学者やシンクタンク、金融関係の人のアドバイスを聞きながら取り組みたいと思います」
関谷教授「多様な社会課題を解決する方法論の1つとして、スタートアップがあります。ただ、社会的な正しい問いを立てることは非常に難しい。若い人たちが正しい問いを立てる方法を身につけられる教育論をしっかりと実践していくことが、私たちの拠点の大きな方向性です」
さらに、拠点を運営する上での大阪大学に対するリクエストなどが議論され、学際連携のノウハウの蓄積や、研究に専念できる環境整備の重要性などが挙げられました。また、4拠点の連携に期待することとして、「グッドプラクティスとノウハウの共有」「アウトリーチ活動」「実際に集まる場」などの意見が上がりました。
シンポジウム終了後、フードロス問題に取り組む拠点の福﨑プロジェクトリーダーに感想を聞くと、「4つの拠点長が初めて集まり、非常に良かった。インスパイアされました。実際に会って話すのはいいことですね」と話しました。
この数日後、「東京工業大学と東京医科歯科大学が統合に向けて協議へ」というニュースが新聞で報じられました。両大学が得意とする医療や工学など幅広い分野で先端研究を展開し、「国際卓越研究大学」の指定を目指すとのことです。大阪大学でも古くから医工が連携し、「一つ屋根の下」で研究する相手を外部の研究機関や企業にまで広げています。異分野融合でリードする大阪大学。その強みが示されたシンポジウムでした。