光技術の医療応用を加速するには? 医・工・産が共に考えるシンポジウムを初開催
「光の技術を医療に生かすにはどうしたらいいだろうか」。医学部や工学部の研究者、医療分野に関わる企業人らが集まり議論するシンポジウム「第1回医療フォトニクスシンポジウム」が3月、大阪大学の吹田キャンパスで開かれました。主催は大阪大学フォトニクス生命工学研究開発拠点(フォトニクス拠点)です。各分野の人たちは自分と異なった視点に触れ、刺激を受けていたようです。大いに盛り上がったシンポジウムの様子をレポートします。
142人が参加
シンポジウムには、142人が参加しました。開場後間もなく着席した一人は「さまざまな立場の人たちが多面的に議論することに興味を持ち、参加しました。長年、バイオイメージングの世界にいますが、今までになかった企画です」と話していました。
フォトニクス(光工学)の進歩は目覚ましく、分子の違いを見分けて可視化するなどさまざまな技術が生まれています。ところが、これらの技術の医療応用はまだ限られています。そこで、工学や医療、産業界などからさまざまな人に集まってもらい、情報交換をしてフォトニクスの医療応用を加速しよう、という目的でシンポジウムは企画されました。
シンポジウムは藤田教授の司会で始まり、大阪大学の尾上孝雄理事・副学長があいさつに立ちました。
続いて、主催者側の熊本康昭・大阪大学准教授は「フォトニクスの医療応用の研究をしてきましたが、非常に難しくて、まだ何も成し遂げていません。シンポジウムを開催して仲間を作り、いろいろな知恵をいただきたいと考えました」と説明しました。
講演で医療応用の現状を報告
次は、フォトニクスの医療応用に取り組んできた4人による講演です。
防衛医科大学校の石原美弥教授は「ニーズ指向、シーズ指向どちらが医療応用を加速させる? 光音響技術経験より」と題して、光音響イメージングという技術を応用した医療機器の開発の流れについて説明し、その難しさに言及しました。
富山大学の大嶋佑介准教授の講演は「内視鏡外科手術におけるラマン分光計測システム実用化に向けた取り組み」。ラマン分光法という技術を用い、目視では分からない病変部を判別して切除範囲を同定する医療応用を目指しているそうです。
京都府立医科大学の髙松哲郎・名誉教授は「医療フォトニクス、光の特性から医療機器を考える」をテーマに講演し、「光を用いたイメージングはコンパクトで取り回しのいい診断機器に適している」などと述べました。
4人目の石井優教授は「蛍光生体イメージング:基礎生命科学から医療まで」として、体の中を顕微鏡でライブで見る技術や、光を使って子宮頸がんの生検をする技術などについて説明。「切除せずに調べられるため、その部分がその後、どのように変化するかを見ることができる」と話し、時間軸を持たせた新たな組織診断の可能性を示しました。
パネルディスカッション「フォトニクスの医療応用を加速させるには」
パネルディスカッションはモデレーターを熊本准教授が務め、パネリスト5人が登壇しました。議論の一部を紹介します。
<パネリスト(敬称略)>
石原美弥 防衛医科大学校医学教育部医用工学講座教授
富岡研 株式会社エスフィーダ代表取締役社長
石井優 大阪大学大学院医学系研究科免疫細胞生物学教授
名井陽 大阪大学医学部附属病院未来医療センター長
藤田克昌 大阪大学大学院工学研究科フォトニクスセンター長
熊本 石原先生と石井先生には講演いただきましたので、ほかの3人に自己紹介をお願いします。
富岡 光学機器メーカーで顕微鏡の開発などをやっていました。新しい挑戦をしたいと思って昨年8月に会社を立ち上げ、レーザースキャンを用いた医療機器やイメージング装置の開発に携わっています。
藤田 私がリーダーを務めるフォトニクス拠点では、ヘルスケアデバイスや診断装置などの社会実装を模索しています。
名井 もともと整形外科医で、産学連携で人工骨の実用化に関わったことがあります。今は未来医療センターでは、アカデミアの先生のシーズを発掘し、医療サイドに引っ張り上げる仕事をしています。
医療応用の現状と課題
熊本 フォトニクスの医療応用の現状や課題についてうかがいます。
石原 私たちが取り組む光音響技術は、精力的に研究されているのにキラーアプリケーションがまだないというのが一番の課題です。
石井 検査機器を開発する場合、体のどの部分のデータを取るか、ということが課題になるかもしれません。CTやMRIは撮影する場所が規格化されていて、後で誰かが診断すればいいわけですよね。新たな技術の場合は、ある程度の知識がある人が検査をしなければなりません。技術を医療応用し普及させるためには、医療現場で具体的にどのように使われるのかを想定して工夫することも大事です。
石原 フォトニクスの医療機器はいくらで何台売るのか、という話題は外せないと思います。
富岡 医療機器の難しいところは、破壊的イノベーションになればなるほど開発時間と開発費用がかかるということです。バランスを考える必要がありますね。
名井 どういう形で医療の現場に提供できるのか、想定する必要があります。研究機器なのか、診断装置なのか、画像を撮るのか、がんを診断するのか。出口によって開発のコストも違ってきます。
難しいニーズとシーズのマッチング
石原 医療現場では、光を使ったイメージング技術を生かすことについては門戸は開かれています。ただ、日々の診察で忙しく、瞬間的にニーズを感じても忘れていってしまうんです。「ニーズをどうやって発掘するか」がエッセンシャルな問題です。
名井 フォトニクスはいろいろなことができ、技術も高いレベルまで進んでいます。それが医療の中のどういう隙間にフィットするのか、というニーズの特定が難しいですね。医療現場で何が行われているか、どんなニーズがあるか、工学の研究者が把握することは非常に重要です。
富岡 「ニーズは何ですか」と医師に質問しても答えは返ってこないので、「今、困っていることは何ですか」と聞くようにしています。困りごとを聞く中で、「こうすれば現行の機器は使いやすくなる」というアイデアが浮かんできます。
藤田 ニーズとシーズをマッチングするのではなく、ニーズとシーズは同時に生まれる、というイメージがいいんじゃないかなと思います。私も熊本君もポスドクとして京都府立医大の研究室に所属しましたが、医療現場に技術者がいれば不便な装置を便利にしてあげることは難しくありません。私たちの拠点では、フォトニクスの研究者が2年間、医学部の臨床系の研究室に所属し、すべての活動に参加する、というアプローチをしています。
熊本 確かにニーズとシーズを分けてしまうと、ニーズは医師任せ、シーズは技術者や企業任せ、になってしまいます。
会場から質問
熊本 フロアからの意見も聞きたいと思います。
男性 膵臓がんに取り組んでほしいと思っています。診断と治療が難しく、見つかったときには「遅すぎた」となってしまいます。どのように解決すべきでしょうか。
名井 その指摘は重要です。医工連携や産学連携という観点から言うと、例えば「みんなで膵臓がんを何とかしよう」というコンソーシアムを作り、さまざまな分野の研究者や企業が解決のため力を合わせる、ということが大事です。先日、藤田先生と一緒にジョンスホプキンスの病院を見学しましたが、そこでは工学者と医療関係者が集まって老年病というテーマに取り組んでいました。
藤田 目的が決まっている場合、手段を選ぶ必要はありません。いろいろな分野の人が課題を共有し、目的に向かって進めばいいと思います。ジョンスホプキンスでは、学内を回って課題を認識する人材が育成され、活動していました。
石井 ヨーロッパの大学ではコーディネーターがいろいろな研究室で話を聞き、勝手につなげてくれます。大阪大学でもコーディネーターがさまざまな研究室を飛び回って、「こことことをつなごう」と活動してくれたらいいなと思います。
フォトニクスの医療応用を加速させるには
熊本 フォトニクスの医療応用を加速させるには、どうしたらいいでしょうか。
石井 企業との連携の場を活性化することです。
石原 最初のアプローチを、偉い教授ではなく現場にいる若い人にすることだと思います。
富岡 医、工、産の連携は、テーマがうまくマッチしてみんなで一つの方向に向かっていければ加速すると思います。また、大企業は根回しだけで何カ月もかかりますが、ベンチャーはジャッジが速い。ベンチャーと医工が連携すると、日本は面白くなってくると思います。特に光学技術は日本のお家芸だと思っているので、もっとやれることはいっぱいあります。
藤田 どう加速するか。それはシンプルで、研究開発以外の業務を減らして時間を作ることです。
名井 この後の懇親会で連携を進めることがいちばん大事です。
熊本 いい形でまとめていただきました。これでパネルディスカッションを終わります。
「ネットワーキング」で参加者が交流
この後は会場を移し、参加者が自由に交流する「ネットワーキング」がスタート。大学の研究者や企業によるポスター展示22件が並び、会場のあちこちで研究の説明や質問のやりとりが行われました。
ポスター展示をした光学素子メーカーのナルックス株式会社は、小径レンズ、マイクロ流路のサンプルや分光・微細加工・プラズマ除菌技術を紹介。同社の河合伸典さんは「医療参入のため、弊社をまず知って頂こうと参加しました。第1回目でこれだけ盛り上がったらシンポジウムとしては大成功ですね。今後、回数を重ねるのに合わせて、さらに我々も提案できるように成長していけたらと思います」と話していました。
東京理科大学生命医科学研究所は、実機を持ち込んで「近赤外ハイパースペクトラルイメージング内視鏡システム」を紹介しました。血管や神経など重要組織をイメージングし、外科手術で切除してはいけない場所をナビゲーションするデバイスです。同研究所の髙松利寛講師は「手応えがありました」と話し、シンポジウムについて「社会実装の大変さや課題を共有できました。さらに、乗り越える方法について気付きが得られる集まりになったら、医療応用が加速しますね」と今後に期待していました。
東京医科大学病院の永井健太助教は「細径ファイバーを用いた原発悪性脳腫瘍に対する光線力学的治療の新規開発」についてポスター発表。「非常に多くの方から関心とご意見をいただきました」と手応えを感じ、「フォトニクスは人体に対して非常に安全な技術なので、医療分野でもっと応用すべきだと思います」と話していました。
参加者の反応は?
ほかの参加者にも、感想や手応えも聞きました。
愛媛大学副学長で医学系研究科教授の今村健志さん「医療応用は難しい課題です。通訳ではなくバイリンガル、つまり藤田先生や熊本先生のように工学と医学の両方を知っている人を作る必要があると思いました」
大阪大学大学院工学研究科助教の天満健太さん「私は医学部の脳神経外科にも在籍しているのですが、工と医では考え方に違いがあります。異文化に接する場として、フォトニクス拠点に期待しています」
神戸市医療産業都市部の井本健一さん「神戸市は医療産業都市を推進しており、医療機器開発も重要なテーマです。フォトニクス拠点やシンポジウムを中心にネットワークが形成され、神戸市を含むさまざまな組織や地域の協力が進むことで、医療機器開発などの医療産業が発展することを期待しています」
多くの人が「大成功では」と評価し、次回以降のシンポジウムに期待しているのが印象的でした。フォトニクスの医療応用が進めば、私たち国民も恩恵を被ることができます。さらに活動を活発にしてもらいたいと思います。