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人工組織や培養肉で持続可能な社会へ~大阪大学大学院工学研究科・松﨑典弥教授

 筋肉や脂肪などの組織を人工的に作り、医療や創薬、食品開発に役立てたい。こうした目標に向けて研究を続けるのが、大阪大学大学院工学研究科応用化学専攻の松﨑典弥(まつさき・みちや)教授です。「フォトニクス生命工学研究開発拠点」では、研究課題「機能制御された人工生体組織の作製技術の開発」のリーダーを務め、活動を牽引しています。松﨑教授に、研究の現在と未来についてお聞きしました。(聞き手・フリーライター根本毅)

 フォトニクス生命工学研究開発拠点は、さまざまな生体情報を計測、数値(デジタル)化し、活用することで社会を支えるフォトニクス技術の開発と社会実装を目的に生まれました。大阪大学と連携しながら、大阪大学 大学院工学研究科・フォトニクスセンター、産業技術総合研究所生命工学領域フォトバイオオープンイノベーションラボ、シスメックス株式会社などの企業と一緒に研究を行っています。
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──専門分野は何でしょうか。

 高分子化学です。プラスチックやタンパク質など、多数の原子がつながった分子を取り扱う化学です。

 学生の頃から、高分子を医療に使う生体材料という分野で研究していました。人工血管や縫合糸などです。普通の高分子だと血液が固まって毒性が出る場合があり、それでは医療で使えません。体の中で使える生体材料を合成し、きちんと機能するか評価するという研究をしていました。

 その後、自分の興味に従って研究できるようになった頃から、ヒトの臓器や組織を再現する研究にだんだんとシフトしていきました。

 今、46歳なので、大学4年生で研究室に入ってから24年間、生体材料や人工組織の研究を続けていることになります。人生の半分を超えていますね。

インタビューに答える松﨑教授

──現在の研究の主なテーマは何ですか?

 生体材料をいかに医療や創薬などに活用するか、ですね。最近、食にも展開し始めています。

 医療への応用は、移植を目指しています。患者さんの細胞やiPS細胞(人工多能性幹細胞)を使い、3次元的な構造の組織を作っています。細胞だけだと、機能が出ない場合があります。

 我々の研究室には、血管構造を作れるという強みがあります。今、取り組んでいるのは、乳房再建のための脂肪組織や、心臓病の治療に使う心筋構造の再現などです。

──二つ目の柱の創薬では、技術をどのように応用するのでしょう。

 薬の候補探しと、有効性や毒性の検査です。組織や臓器が再現できたら、薬の候補を投与することによって効果や毒性の検査に使えます。

 薬の開発は、数百万もの候補の化合物を作り、培養細胞で実験し、動物実験に入り、その後に臨床試験を行うという長い年月がかかります。培養細胞や動物で実験しても、人の体に投与して起こること全てを予測することはできません。このため、ヒトモデル、ヒト臓器モデルというものを人工組織や人工臓器で作り、一連の薬の開発の途中でスクリーニング(ふるい分け)に使えないかと研究しています。

 また、個別化医療にも応用できます。共同研究で今、がん患者のがん細胞を体の外で性質を保ったまま増幅させる技術を開発しています。増やすのって、実は難しいんですよ。体の外で増幅できれば、そのがん細胞に効く薬を調べられます。

 我々は、血管構造がある人工組織を作り、それがベッドの役割をしてがん細胞を増やせることを示しました。患者のがん細胞をマウスに移植して増やす従来の方法に比べ、非常に安価かつ長く維持できます。現在、どれだけ正確に治療効果を予測できるか、動物実験で従来の方法と比較して調べています。

──三つ目の柱の「食」は、昨年8月に新聞などで取り上げられましたね。筋、脂肪、血管の繊維組織で構成された「和牛培養肉」の構築に、3Dプリンターを使って世界で初めて成功したという内容です。

 我々人間は、牛や豚など動物の肉を食べるために、ものすごい量の家畜を飼育しています。人間の10倍以上になるそうです。魚も含めると、1年間に消費する動物の数は3000億~4000億に達します。もし、細胞を培養して作った肉に代替できれば、家畜を飼育して大量の穀物を与え、牧草を育てるために森林を伐採するという一連の流れをなくすことができます。SDGsへの大きな貢献が期待されます。

──ここでフォトニクス生命工学研究開発拠点に話題を移しましょう。どのような経緯で拠点に参加することになったのですか?

 拠点プロジェクトリーダーの藤田克昌・阪大教授とは、以前から共同研究をしていました。私の研究は「3次元の組織構造を作って、それをどう応用するか」がテーマなので、できた3次元構造の内部の細胞の機能を調べる必要があります。共焦点レーザー顕微鏡や蛍光顕微鏡などを使うのですが、私たちの体は基本的に不透明です。これらの顕微鏡には限界があります。

 藤田教授の研究室では、この問題を解決する新しい光技術の研究をしているため、何度か共同研究をさせていただいていました。拠点の申請をする際に、「一緒にやりましょう」と声を掛けていただいたのが参加の経緯です。

──藤田教授の研究室の光技術は、非侵襲で測定できることがメリットですね。

 そうです。非侵襲で、深いところまでリアルタイムで情報が取れます。細胞は刻々と変化するため、こうした情報が得られるのは理想的です。

──拠点では、課題リーダーとして「機能制御された人工生体組織の作製技術の開発」を担当しています。どのような研究に取り組んでいますか。

 この拠点は、もちろん新しい研究もしますが、現在進んでいる研究をサポートする位置づけです。我々の「組織構造をどう応用するか」という研究に新しくフォトニクスが組み合わさることによって、ブレークスルーをさらに起こしていこう、という試みがメインになります。医学や光技術の先生方と共同研究しながら進めていく形だと理解しています。

──これまで取り組んできた医療や創薬、食への展開と、フォトニクスとが重なる部分を進めるのですね。

 そうです。特に、食への展開に独自性があると思います。我々と同様に、JST(国立研究開発法人科学技術振興機構)の「共創の場形成支援プログラム」(COI-NEXT)で生まれた拠点はいくつかありますが、食分野への応用は他ではあまり進められていないと思います。

 これ自体、新しい分野です。医療や検査、創薬の技術を牛や豚など動物の細胞に応用すると、食分野への展開になるわけです。

──光技術はどのように関係してきますか?

 まず、培養肉など人工的に作ったものが本当に食べられるかを検査する場合に、組織や細胞を切ったり薬剤処理したりしなくていい光技術を活用すれば、全数を調べられます。医療でも、再生医療分野で製造される細胞や組織を全数検査できれば理想的です。培養する細胞には性質のばらつきがあるため、抜き打ち検査では見逃してしまうリスクが生じてしまいますから。

 このほか、3次元構造を作るときに光をもっと活用する可能性はもちろんあります。

──レーザーで成形するということですか?

 それもあります。我々が発表した培養肉は、まだ500マイクロメートルぐらいの太さの繊維の構造を集めたもので、100マイクロメートルくらいの実際の肉には解像度が及びません。本物は非常にきれいなんですよ。よりリアルに食肉を再現するには、光造形の技術は必要になるでしょう。

 レーザーの他に、光を当てると重合する材料を使う方法も考えられます。いずれにせよ、医療や食に応用する場合は安全性との兼ね合いが課題です。

──この拠点と、他の産学連携との違いは何でしょう。

 複数の異分野の先生たちや企業と一緒に進めていく点ですね。より広い視点やさまざまな要素を取り入れられて、面白くなるだろうなと感じています。

 今回の拠点にはさまざまな分野が集まっているので、勉強になると思います。

──COI-NEXTの支援は最長10年続きます。国の研究費を助成する他のプロジェクトと比べて期間が長いですね。

 基本的に期間は3~5年です。短期的に成果が出るような内容にせざるを得ないうえに、始めるために書類を書き、終わる頃にも報告書を書くので、実質的な研究期間は短くなります。

 一方、COI-NEXTは10年後に社会に役立つものを基礎からしっかりと研究していけるという点で他のプロジェクトと違います。

 普段の研究って、やはりシーズ・オリエンテッドになりがちです。今あるものをどのように応用していくか、ですね。しかし、この拠点は、「未来に何が必要で、それに対してどういうシーズが必要か」とバックキャストで考えます。あってしかるべき考え方ですが、これまであまりやれていませんでした。時間がかかるので、3年や5年の研究期間では無理なんですよ。やれる期間が与えられていないのが現状の研究費の設定です。

──今後の研究の方向についてお聞かせください。

 3次元の組織構造を作り、医療や創薬、食に応用するという研究はまだ始まったばかりです。これらを本当に使えるようにしてきたいと思いますね。

 例えば、動物実験を本当にしなくていいようになるくらいの臓器・組織モデルができたら理想的です。ヨーロッパの化粧品業界は2013年から、動物実験をした化粧品の販売を完全に禁止しています。医療では、動物でないと調べられないことが多すぎるため、完全にやめることにはなっていません。

 培養肉については、島津製作所などと連携し、2025年の大阪・関西万博で装置の展示や実食してもらうことを目指しています。拠点の活動の一環です。コンソーシアムを設立しているところです。急がないといけません。

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