見出し画像

センスという撮影題材に頭を抱えた

先日noteカメラ部に参加した時の話で、共有会のテーマの一つに「センス」というものがあった。

僕はこのテーマが発表された数時間後にこの単語の重さと難しさに悩まされ、一皮むける有難い出来事になったのだ。

昼食を食べると自由行動となり、各自バラバラに撮影を始めた。この時は井の頭公園を散策しながら、気の進むまま撮影を続けていた。しかし30分経っても「センス」という文字に適する写真が撮れなかった。

センスとは言い換えれば、

自分が良いと思うものを自由に撮ること。

自分は基本的に撮りたいものを決めて挑むか、依頼者の要望に沿って写真を撮るようにしているので、自由にされた時何を撮ればいいかわからなかった。

途方に暮れたまま、時間だけがすぎていく。公園を出て、駅周辺を探索するが撮れるジャンルが変わっただけで僕のセンスという引き出しは一切開かなかった。

正直初参加で、共有会がどのように進み、投票がどんな空気感で行われるかわからなかった僕には「絶望」の二文字が浮かんでいた。

つまり自意識過剰で周りが期待してくれているというプレッシャーを勝手に感じていたのだ。

思いつめても時間は待ってくれず、吉祥寺駅に戻り共有会の会場付近で探そうかと考えたが、疲れが出ていたため駅前のスタバで休憩することに。

そのスタバの後ろに広がっていたものを題材として撮った。人が滝のように上り下りしている姿を見て心揺らいだ。

撮った時は発色もよく人の流れがカラフルに広がっていたのだが、何故か違和感があった。

双方向に上り下りする人はどこか無機質な感覚があり、色を抑えた。更に井の頭線でのアイデンティティとも言えるピンクの看板の色調を前面に押し出した。

今までは「見たものをそのまま写し出す」を撮影のモットーに撮っていたが、この「センス」という題材を前にした時、見たものをそのまま写し出すだけではダメだと気がついた。

被写体を見た時、自分が何を感じてどう表現したいのか自問自答を行うべきなんだと。

制約なしで撮るというのは、自分の度量を試すいい機会であった。今回の経験を糧に、時折自分の中でテーマ「センス」を繰り広げ挑戦していこう。




面白いなと思ったら応援よろしくお願いいたします!