結婚
挙式を決めた時、一緒に暮らし始めて一年経っていたが、お互いの一人暮らしがそのまま交じることなく合わさったような私たちの暮らしは気ままだった。彼はエンジニアとして会社へ行き、夜にはビールを買って帰宅した。私はちょうど忙しすぎる仕事を辞めて、フリーで広報の仕事を始めていた。彼はよく自室にこもってピアノを弾き、私はリビングで映画を観ていた。週末には、彼のバンドのライブを見に行って打ち上げに参加したり、面白そうなコンサートへ一緒に出かけたりした。
挙式をカトリック教会ですることとなり、彼は何度も勉強のために平日の夜、私と一緒に教会へ行ってくれた。そうしないと信者でない彼とは挙式できないからだ。教会を出るのはたいてい10時すぎで、ラーメン屋くらいしか食事をするところがなかった。
「キリスト教徒の人はどうするの」
ラーメンを作るカウンターの上のTVが映すニュースを見て、かれが私に聞いた。
「そんなのわかんないよ」
と言えず、私は一生懸命考えて何か答えた。その日はそれ以上話もせず家に帰った。私は台所で水を飲んで就寝したが、夜中、リビングでビール缶をあける音が聞こえた。
結婚生活が始まり子供が生まれると、新しい勤め先に通っていた私は日々やることに追われ始めた。子供の口に離乳食を運ぶ間も、保育園の連絡ノートを書く間も、夫の追求は果てしなかった。
「何でこんなものを食べさせるの」
「お皿の重ね方はこれでいいと思っているの」
「どうして故障したリモコンをそのままにしておくの」
私はやはり、
「そんなの知らないよ」
とも
「あたたがやってよ」
とも言えなかった。謝り、何か言い訳して、自分が悪かったからだと言った。でも本当は自分でもよく分からなかった。
「要らん事するな」
とよく怒られたが、私には何が『要らん事』なのか分からなかった。恐る恐る夫に尋ねても「そんな事もわからないのか。自分で考えろ。大人なんだから」
と言われ、台所の床に冷蔵庫を背に座り込んだまま長い間涙が流れるままにしていた。
夫の飲むビールの量が増えていき、子供の前でも言い争うようになり、ごみの日には早朝、誰も見ていない時に大量のビール缶を捨てた。そっと袋から落としたつもりが、思いがけず大きなガラガラという音が出て、思わず心臓が跳ねた。
母も同じような思いをしたのだろうか。小学生の頃に、母とデパートから戻ると、家中の引き出しの中身が床に散乱していた。一瞬となりで息をのんだ母が、
「遅くなりました」
と、父に声をかけた。台所のテーブルで背中を丸めて新聞を読んでいた父は、視線を紙面に落としたいまま、
「耳かきくらい、わかるようにしておけ」
と、くぐもった声で吐き捨てた。
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