#36 ムンバイのカルナータカミールス店で、チャパティ製造マシーンを見た
僕は、旅をしているからって何か特別なことをしたりしない。
旅先で新しいこと、面白そうなことがあったら積極的に首を突っ込むが、全然観光しない。食べものに関連のある土地の歴史は結構調べる。
旅と日常は陸続きであってほしいし、仕事も生活も旅に内包されたものであってほしい。ここぞとばかりに焦ったり急いだりするのも好きじゃない。普段サッカー観戦しないからW杯だからって急に見始めたりしない。
無意味な世界で、無意味なまま生きていける豊かな強さを持ちたい。こんなに生産性のない人間はいまどき珍しいよ、っていうのは褒め言葉だと思っている。
1人旅は暇で、贅沢だ。飯を食う、本を読む、物を書く、たまに洗濯をするくらいしかやることがない。今回は忙しない東京を離れて6日目くらいで、ようやく旅のペースがつかめてきた。
インドに来ても僕は変わらない。特に食生活は全然変わらない。
ムンバイでは日本にいる時のようにカルナータカミールスを食べにいった。場所はMatunga Road駅の近く、1942年から続く老舗である。
マップによるとマーケットの1F(つまり二階)にあるとのことだったが入り口が見つからない。
うろうろしているとおっさんが全身を使って指差して教えてくれた。ありがとうおっさん。カンナダ文字が書かれた入り口には期待しかない。
まずは食券を買う。全乗せおかわりし放題のフルミールがたったの210Rs(320円くらい)とは。ますます、全然日本に帰りたくなくなってきた。
席に座ると、すっと空のバナナの葉っぱが置かれる。
店員さんがやってきて、おかずをサーブしてくれる。後ろのおっさんの笑顔がよい。
今日はムングスプラウト、冬瓜、キャベツ、マンゴーピックル。
さらにチャパティ、アッパラム、カルナータカの甘いサンバル、コカムのラッサム、甘くないラッシー、ダヒ(ヨーグルト)が乗せられる。デザートはサフランの入ったマンゴーのシュリッカンド(ネットリ系スイーツ)。デザートはいくつかの選択肢から選べる。
コカムのラッサムが、タマリンドとはまた違った甘酸っぱさがあり、具はほとんどないのだがとても体に良さそうな味だ。
ピュアベジなので玉ねぎ、にんにく、しょうがは使われていない。「なのに」こんなにうまいのか、「だから」こんなにうまいのか。
最初にチャパティで食べる。おかずが減ってくると、店員がすかさず足してくれる。全ておかわりし放題なので、気に入ったものがあればどんどん食べさせてもらう。チャパティが終わったらご飯がやってくる。よく手を洗ってあるのでワシワシ手で食べる。ご飯は白いキャンパスで、そこに色とりどりの自分なりの絵を描く。
座ってると永遠に食べさせられまくるので、段々と闘いの色を帯びてくる。オートメーションシステムなので、連続2軒目にもかかわらず二回お代わりさせられた。
やはりミールスはうまい。体調が悪くてもするする飲めるようなメシだ。しかし、これと全く同じミールスを日本で食べても同じ味はしないのだろうな。
物を食べるというのは空間や周りの人も含めた総合的な体験で、明るさや音、気温によっても全く違う味に感じてしまう。
心配事があったり、嬉しいことがあったり、最近お風呂にゆっくりつかれていなかったり。
そういう小さなことで刹那的に変わる、脆い感覚の主観性、絶対的な共有の出来なさの中で我々は生きていくしかないのだなあ。
オートメーションといえば、この店のチャパティーは手作りじゃなくて機械で打って焼くところまで半分オートメーションな工程で作られていた。