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会社を辞めたら人生が空っぽに?――ジョン・スチュアート・ミルとハンナ・アーレントが語る仕事の価値
もしも著名な哲学者や心理学者が現代にタイムスリップして、私たちの身近な悩みや疑問に答えたら……?
本日のお悩み
私は30代後半の男性です。最近、投資が思いのほかうまくいき、正直もう働かなくても生活は成り立ちそうな状況になりました。実は長年勤めていた会社もあり、上司や同僚との関係は悪くありません。とはいえ、仕事を辞めてのんびり暮らすことに少し不安を感じています。どうしてかというと、何か大切なものを失ってしまう気がするのですが、それが何なのか自分でもはっきりわかりません。仕事をして得られるお金以外の価値って、いったい何だと思われますか?これまで真面目に働いてきたからこそ、急に好きなように過ごしていいと言われると落ち着かなくて…ぜひご意見いただきたいです。
本日のゲスト
ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806-1873)
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イギリスの哲学者・経済学者。功利主義を発展させ、『自由論』などで個人の自由を重視する立場を提示し、社会全体の幸福と個人の成長の両立を追求しました。
ハンナ・アーレント(Hannah Arendt, 1906-1975)
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20世紀を代表する政治哲学者。『人間の条件』で労働(labor)、仕事(work)、活動(action)を区別し、人間が公共の世界で行う政治的・社会的な営みに注目してきました。
対談
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司会者:
さて、本日は「仕事をリタイアしていいか悩む30代後半男性」からのお便りをもとに、ジョン・スチュアート・ミルさんとハンナ・アーレントさんをお招きしました。
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ジョン・スチュアート・ミル:
よろしく。現代の人が「もう働かなくてもいいが、そこに不安を感じる」っていう状況は、ある意味では幸福な悩みとも言える。だけど、その不安の正体を掘り下げないと結論は出ないね。
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ハンナ・アーレント:
よろしくお願いします。私の興味は、相談者が感じている「大切なものを失うかもしれない」という言葉。これは、彼が“公共の世界とのつながり”を失うことを恐れている証拠じゃないかと感じるの。
【メモ】
一般的に「仕事(work)」は、単独ですることもありますが、それが社会や公共空間にどう組み込まれるかによって、さらに大きな意味が生まれます。アーレントが最終的に重視したのは「活動(action)」ですが、「work」がもたらす人工物や制度、文化的な成果が公的領域で共有されることで、人々は「公共の世界」に参加しやすくなる、という考え方があります。つまり収入を得るか否か以上に、「人間世界を築く営み」としての重要性が「work」には認められます。
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司会者:
公共の世界? なるほど。ミルさんはどう思いますか?
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ジョン・スチュアート・ミル:
僕の立場だとね、まず「個人の自由」が大前提なんだ。投資がうまくいったなら、「働かない自由」もある。そのうえで、自分自身の成長や社会への貢献をどう実現していくかが鍵になる。
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司会者:
でも自由があると同時に、「どう使うか」という責任も生じますよね?
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ジョン・スチュアート・ミル:
その通り。責任をともなう選択が、自己成長をもたらすんだ。会社を辞めるか辞めないかは自由だけど、何かしら「自分を磨くような活動」を続けることが大事になる。
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ハンナ・アーレント:
しかし、ジョンは「個人の成長」に主眼を置いているけれど、私はやはり「公共の場での活動」を強調したいわ。自分だけが幸せでも、公共の次元が疎かになったら、人間は深い意味で満たされないんじゃないかと思うの。
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司会者:
二人の違い、ちょっと浮き彫りになってきましたね。ミルさんは「個人の自律」から始める。アーレントさんは「公共空間」での営みを重視、と。
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ジョン・スチュアート・ミル:
そこは確かに違うね。僕は、社会全体の幸福を最大化するには、まず個々人が自由に選択し、それぞれの才能を伸ばすことが前提になると考えてる。社会とのつながりも大切だけど、まず個人の内面的充実が先だと思っているんだ。
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ハンナ・アーレント:
私は“人間の条件”という著作で述べたように、生存のための反復作業(labor)に追われずに済む状況は悪くないと思う。だけど、それに甘んじてしまうと「自分の存在を公に示す場」、つまり活動(action)の意義を見失う危険があるわ。
【メモ】
活動(action)とは、他者の前で言葉や行為を行い、新しい関係や可能性を生み出す営み。「活動」は政治的・言語的に他者と関わる行為であり、アーレントが最も重視した領域でもあります。
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司会者:
相談者さんは、すでに「会社での人間関係は悪くない」とのこと。アーレントさん的には、その人間関係も大事な“公共の場”の一部と見ている、ということですか?
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ハンナ・アーレント:
そうね。会社という組織がすべて公共空間だとは言わないけれど、職場で交わされる対話やチームでの協働は「単なるお金稼ぎ」以上の意味を持ち得る。そこに個性が表れることも多いでしょう?
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ジョン・スチュアート・ミル:
もちろん、チームワークで学ぶことも成長のひとつ。ただ、僕はそこに固執しなくてもいいと思う。もし相談者さんが「このまま会社にいても新しい発見が少ない」と感じるなら、辞めてもいいんじゃないかな。違う場で人とつながるのもアリだよ。
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司会者:
「働かなくてもいい」となったとき、ミルさんならどう過ごしますか?
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ジョン・スチュアート・ミル:
学問の研究や新しい社会プロジェクトに取り組むかな。あるいは旅に出て、いろいろな国の制度や文化を観察する。
【メモ】
ミルの『経済学原理』では、経済が定常状態に達しても、知的・道徳的な向上の余地はあると説いている。
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ハンナ・アーレント:
いいわね。でも「ただの自己探求」だけに終わらないように、広く他者を巻き込めるとさらに価値があるわ。私なら、地域コミュニティや政治的な活動に参加することを考える。
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司会者:
相談者さんの「大切なものを失うかもしれない」という不安は、いわば“自己実現の場”か“公共の場”を失うことへの恐怖に近いと考えていいですかね?
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ジョン・スチュアート・ミル:
そうだね。僕が思うに、働かないことで得られる時間や自由は大きいけど、「自分が何かにコミットしている感覚」を失うと、それはむしろ苦痛になる場合がある。
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ハンナ・アーレント:
私も同感。ただし、その“コミット”が本人だけの問題じゃなく、社会的・公共的な営みであるほど、より根源的な満足が得られるんじゃないかと思うの。つまり、仕事を辞めても、他の形で人との関係を育む場を作る必要があるということね。
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司会者:
なるほど。ミルさんは、まず個人がやりたいことを見つければいい、と。アーレントさんは、それが「公共的な活動」であればなお良いと。
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ジョン・スチュアート・ミル:
そうそう。僕は個人の自由意志による創造的な行為を重視してるから、社会に関わるかどうかは強制しない。ただ、結果的に他者からの承認や、社会への影響を感じられると、人は高次の喜びを得られると思うね。
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ハンナ・アーレント:
うーん、ジョンは「他者からの承認」があるといいくらいの話だけど、私は「公共空間での活動」は不可欠だと思ってる。自分がいる世界を自分たちの手で作り上げ、そこに言葉を介して関わり合うのが、人間らしさじゃない?
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司会者:
このあたりでお二人の立場の差がハッキリ出ましたね。ミルさんは個人の自由→社会性は任意的。アーレントさんは公共性こそが人間存在の重要要素と見ている、と。
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ジョン・スチュアート・ミル:
そのとおり。僕の場合、社会性を否定してるわけではないけど、やはり出発点は「個々人の自由」。そこから広がるいろんな可能性が、結果的に社会を豊かにすると信じてるんだ。
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ハンナ・アーレント:
私は、歴史上で「公共の場」が崩壊した時代(全体主義など)を研究したからこそ、一人ひとりが外に向けて活動をしていない状態に大きな危惧を抱いているの。だから、仕事でも何でもいいけど、他者との間で新しいものを生み出す力を忘れないでほしいわね。
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司会者:
うーん、相談者さんの場合、長年勤めてきた会社だから社会参加の感覚はそれなりにあった。でも、投資でリタイアしたらどうなるか、不安があるわけです。
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ジョン・スチュアート・ミル:
僕の提案としては、辞めるにせよ続けるにせよ、「自分が何に喜びを感じるのか」を明確にしてみるといいんじゃないかな。高次の喜び――例えば知性や人間関係の発展に関するもの――に焦点を当てると、仕事の価値が見えてくる可能性があるし、辞めた後もその喜びを別の場所で追求できる。
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ハンナ・アーレント:
私の提案は、「仕事を通して他者と世界をどう作り上げているか」を見直してみること。会社を辞めるなら、他の形でもいいから、地域や社会に関わる。ボランティアでも、アートや学術のコミュニティでも、政治活動でも。自分を外へ、公共の場へ解き放ってほしいの。
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司会者:
これは、二人の考えが似ているようでやっぱり方向性が違いますね。ミルさんは「個人の自由に基づく選択肢を探れ」、アーレントさんは「公共空間への参加こそ人間の本質に不可欠」と。
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ジョン・スチュアート・ミル:
もっと言えば、僕は相談者さんが「会社での人間関係」が良好なら、それを大切にしてもいいし、辞めて別のチームを作ってもいい。その自由を満喫してほしいだけなんだよ。
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ハンナ・アーレント:
ええ、それもいいけど…相談者さんが「何か大切なものを失う」と感じるなら、それは仕事仲間や共同体との“活動”の機会を無くす恐れがあるからじゃないかな。だから、何もしない暮らしに安住するのではなく、新たな活動をぜひ検討してほしいわ。
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司会者:
なるほど。お二人とも、会社を続けるかどうかよりも、「その後、自分がどんな人間として行動するのか」をちゃんと考えたほうがいいというわけですね。
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ジョン・スチュアート・ミル:
うん。働かなくていい状況は、むしろ人生を自由に設計できる好機。自分の可能性を活かすも殺すも、そこから先は本人の選択次第さ。
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ハンナ・アーレント:
そして、私からは「その自由な選択を、公共の世界で分かち合う」道をおすすめしておきたいわ。お金以外に得られる価値とは、人間が世界に参加し、新しい何かを生み出す歓びなのだと信じているの。
まとめ
ジョン・スチュアート・ミルの観点
個人の自由と自己成長を最優先に考える。
仕事を辞める/続けるの二択より、「どんな活動に喜びや成長を感じるのか」を焦点にすべき。
経済的基盤があるなら、勉強・研究・社会起業など、自由意志に根ざしたクリエイティブな活動に力を注ぐことが可能になる。
ハンナ・アーレントの観点
人間の活動は「生存のための労働(labor)」だけでなく、「世界を形作る仕事(work)」「公共空間で行う活動(action)」が重要。
もし労働をしなくても生きていけるなら、その余裕を“公共の世界”で何かを生み出す行為に振り向けるのが望ましい。
他者との共同の場を失うと、人間は深い意味で自分を失ってしまう恐れがある。
二人の相違点
ミルは「個人の自由と幸福」を出発点とし、社会性は個人の判断で拡張するもの。
アーレントは「公共空間での政治的・社会的活動」が人間性の根幹だと考え、公共性を非常に重視する。
ミル:仕事は個人が成長や社会貢献をするための手段。仕事以外にも学術研究や芸術など、多様な道があるなら自由に選択すればよい。
アーレント:仕事(work)と活動(action)を切り離し、特に活動の場としての公共空間にこそ価値を見出す。会社という組織も一部公共性を持つが、そこを離れるなら別の形で公共性を実現すべき。
二人の一致点
仕事はお金だけでは計れない人間的な価値をもたらしうる。
全面的に働くことを否定せず、むしろその行為を通じて個人や社会が豊かになる面に注目。
自由が確保されているなら、それを活かして自分や他者にとって意味ある活動を模索すべきだと考えている。
本日のゲストの詳細
ジョン・スチュアート・ミル(John Stuart Mill, 1806-1873)
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19世紀イギリスを代表する哲学者・経済学者。功利主義を深め、「最大多数の最大幸福」の実現と個人の自由の両立を探究した。主著に『自由論』『功利主義論』『経済学原理』などがある。
ハンナ・アーレント(Hannah Arendt, 1906-1975)
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ドイツ生まれの政治哲学者。『全体主義の起源』『人間の条件』などを著し、20世紀の政治思想に大きな影響を与えた。人間の活動を「労働(labor)」「仕事(work)」「活動(action)」に区別し、公共空間と政治的行為の重要性を説いた。