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SNSと自己認識 ー 鏡に映る自分と現実の自分のズレ

 フランスの精神分析家ジャック・ラカンが提唱した「鏡像段階」という概念は、私たちの自己認識に深い示唆を与えてくれます。ラカンによれば、幼児は初めて鏡に映る自分の姿を見た時、自分の身体的な未熟さや不完全さを超えた、整った像を鏡の中に見出します。そして、その鏡像を「これが自分だ」と錯覚し、自分の実態以上に鏡の中の自分を自分と思い込む。この認識のズレは、やがて人間のアイデンティティの形成や、他者との関係性にも影響を与えるものとなっていくのです。
 このラカンの理論を現代社会に当てはめてみると、同じような現象がSNSにおける自己表現に関しても起こっているように思います。現代の私たちは、SNSという一種の「鏡」に自分を投影し、それを通して自己認識を形成しています。しかし、このSNSでの自己像は、実際の自分とは異なる、あくまで表層的なものでしかありません。それにもかかわらず、多くの人がSNS上の自己像を自分自身と同一視し、そのズレに苦しんでいるのではないでしょうか。

SNSという新しい「鏡」

 ラカンの「鏡像段階」で語られるように、鏡の中の自分は実際の自分とは異なり、完全で整ったイメージとして現れます。この錯覚が、幼児期において自己認識の基礎となるように、現代のSNSも私たちに理想的な自己像を提供していると言えるでしょう。SNS上では、自分の良い面だけを見せたり、理想的な姿を演出することが可能です。美しく加工された写真、キラキラしたライフスタイル、成功や喜びだけを強調した投稿は、現実の自分を超えた自己像を構築する助けとなります。
 しかし、SNSでの自己表現は、あくまで部分的であり、現実の自分をすべて表しているわけではありません。それにもかかわらず、私たちはそのSNS上のイメージを「本当の自分」として錯覚してしまうことがあるのです。これはまさに、ラカンが幼児が鏡像を自分と認識する時に起こる錯覚と同様の現象です。鏡の中の像は実態以上のものであり、理想化された自分として存在します。それに対して、現実の自分はその理想像に到達していないことに気づくたび、私たちはズレを感じ、葛藤やストレスを抱えるのです。

SNSと自己像のズレ

 SNS上の自分と現実の自分との間に生じるこのズレは、少しずつ私たちにストレスを与えていきます。SNSに投稿する際、多くの人は自分の最も良い面や、他者に認められやすい部分を選んで見せます。フィルターや加工アプリによって美化された写真、成功体験のシェア、楽しいイベントの報告――これらは一見すると自分を前向きに表現しているように見えますが、それが実際の自分と異なる場合、その違いがやがて負担となることがあります。
 特に問題になるのは、他者からの反応に依存する形で自己価値を評価してしまうことです。SNSでは「いいね」や「フォロワー数」といった数値で、自分の価値が簡単に可視化されます。そのため、SNS上での承認欲求が高まるにつれて、私たちは現実の自分よりも、SNS上の自分を優先するようになってしまいます。この傾向は、自分の実際の生活や感情との間に大きなギャップを生み出し、やがて心理的な疲労感を引き起こします。

表層的な自分と本当の自分

 SNSで見せる自分あるいは他者は、あくまで表層的なものでしかないということを理解することが重要です。私たちは、SNS上で自分をどう見せるかを自由にコントロールできますが、そのイメージが現実の自分と合致しているわけではありません。むしろ、SNSでの自己表現は一部に過ぎず、私たちの複雑な感情や経験、内面の葛藤などは必ずしも表に出せるものではありません。
 にもかかわらず、多くの人がSNS上の自分を「本当の自分」として捉えてしまい、その結果、自分自身とのズレに苦しむことになります。SNSは、他者に自分を見せるためのツールであり、そこで見せる自分は他者に対して理想的な姿であることが多い。しかし、それが現実の自分と一致しない場合、私たちは偽りの自己像に囚われてしまうことになるのです。

自己認識の再構築

 こうしたSNS上の自己像と現実の自己のズレを埋めるためには、まず自分自身の本当の姿を受け入れることが必要です。私たちは、完璧な存在ではなく、誰しも弱点や不安、失敗を抱えて生きています。それを隠そうとせず、ありのままの自分を受け入れることで、SNS上の自分とのギャップを縮めることができるでしょう。
 また、SNSでの自己表現が全てではないことを理解することも大切です。私たちは、自分の一部だけをSNSで見せているに過ぎません。SNSは一種の仮想的な鏡であり、その鏡像にすべてを託すのではなく、自分自身との対話を大切にするべきです。SNS上で他者にどう見られているかということに囚われすぎず、自分自身の内面をしっかりと見つめることが、自己認識を深め、心のバランスを保つためには不可欠です。

SNS疲れから解放されるために

 SNS疲れという言葉があるように、多くの人がSNSに振り回され、心身のバランスを崩しています。その原因の一つは、SNS上の自己像と現実の自分との間に生じるギャップです。このギャップを縮めるためには、他者の評価に過度に依存しないことが重要です。「いいね」やフォロワー数が自分の価値を決定するものではなく、自分自身が自分をどう評価するかが最も大切だということを忘れてはなりません。

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