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第1章 プロローグ: データに潜む影

それは、データがすべてを支配する時代だった。

数十年前から急速に進化を遂げたデジタル技術とインターネットの普及により、人々の生活はかつてないほど便利になった。ショッピングも、仕事も、教育も、すべてが一瞬でデータとしてやり取りされる。誰もがスマートフォンやコンピューターを駆使し、世界中のあらゆる情報に瞬時にアクセスできる時代だ。かつては紙やペンで管理されていた記録も、いまではすべてがデジタル化されている。

しかし、その便利さと裏腹に、データの扱いが大きな問題を引き起こすこともあった。データの改ざん、不正アクセス、個人情報の流出――こうしたデジタル社会に付きまとう危険は日常茶飯事となり、データの「真実性」や「信頼性」が問われるようになった。データそのものが信じられなければ、何もかもが崩れてしまう。まるで、データという大河が人々の暮らしを支え、その流れが歪められれば、大洪水となってすべてを押し流してしまうかのようだった。

この世界には、データの流れを守るために存在する組織がある。その名は「データガーディアンズ」――国家の委託を受け、データインテグリティ(データの完全性)を守る使命を帯びた精鋭集団だ。彼らは、データが記録された瞬間から、誰がいつ何を変更したかという監査証跡(Audit Trail)を追跡し、不正な操作を防ぐプロフェッショナル。彼らの任務は、ただのプログラムの修正ではない。データという見えない領域で行われる戦い、そこに潜むリスクや悪意を見抜き、正しい未来を守ることなのだ。

しかし、このデジタル社会が抱える問題は、一部の目に見える不正行為に留まらない。無限に蓄積される膨大なデータ、AIや自動化されたシステム、そして無意識に行われる数多くの「小さな」ミス――これらすべてが、いつしか巨大な問題に成長し、データの信頼性を揺るがす。そしてその結果は、製薬企業の治験データが信じられなくなる、金融システムが機能不全に陥る、あるいは社会全体の基盤が崩壊する、といった致命的な事態を引き起こすかもしれない。

その日、データガーディアンズの一員であるカズマは、久々に休暇を取るはずだった。しかし、いつものようにニュースフィードを眺めていた彼の端末に、緊急アラートが届いた。表示されたメッセージには「重要なデータ異常発生、至急対応を求む」の一文が光っていた。カズマはため息をつき、ベッドから起き上がる。

「またか…最近は異常データの通報が多いな。」

彼はスーツを着こなし、特殊なゴーグルを装着する。このゴーグルは、データガーディアンズ専用のデバイスで、膨大なデータの中から監査証跡を可視化することができる。ゴーグルを通して見る世界は、現実の風景の上に、無数のデータが透けて見える異次元のようなものであった。カズマが手を動かすと、空中に浮かぶデータの流れが手元に集まり、さながら魔術師のように操作することができる。

「異常データの発生源を特定しなきゃな…」

データガーディアンズの使命は、データを分析し、その真実を守ること。しかし、それは単なる分析作業ではなく、データの裏に隠された意図や、システムの盲点を暴く戦いでもあった。不正なデータ改ざんは、目に見えない形で社会に影響を与える。そしてそれを止めるために、カズマたちは時に世界中のあらゆるシステムに潜入し、悪意あるプログラムやバグを排除してきたのだ。

彼がデータセンターに到着するころには、すでに何人かの同僚も現場に集まっていた。皆、手慣れた様子でデータを操作し、異常の原因を突き止めようとしている。

「カズマ、遅いよ!」同僚の一人、明るい性格のハルカが彼に声をかける。「大変なことになってる。どうやら今回の異常は、単なるバグじゃないみたいだ。」

カズマは彼女の言葉に耳を傾けながら、ゴーグル越しにデータの流れを分析する。異常なデータ操作が行われた痕跡が、まるで血痕のように赤く浮かび上がっていた。

「これは…誰かが意図的にデータを操作している…?」

「そう。しかも、かなり巧妙にね。」ハルカは眉をひそめる。「普通のハッカーじゃない。もっと大きな組織かもしれない。」

カズマは軽く頷きながら、さらにデータを掘り下げる。監査証跡が指し示す先には、謎のコードが絡んでいた。彼らの前に立ちはだかるのは、ただの不正操作ではなく、データ社会を根底から揺るがす陰謀の一端だった。

データの世界は、一見すれば静かで平穏に見える。しかし、その裏側では常に闇が蠢いている。データガーディアンズの戦いはこれから始まるのだ――

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