掌記 (霜舟記)
私は、遠出をしたときなど、手のひら大の手記にあれこれ記すのを楽しみにしている。見たものや電車の時間などを記録しておくのだ。
先日東京に出掛けた時の手記を掌記とでも称してここにそのまま公開することにする。もちろん人に見せるつもりで書いたものではないが、それなりの面白さはあるかもしれない。補足が必要な文句もいくつかあるが、それも手記だからというので勝手に想像で補足していただきたい。
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3/29 7:50 最寄駅 まだ少し腹の調子が悪い。
発表に要旨を付け忘れたため、口頭で補足する内容を考える。
余裕を持って出て来たのもあるが、あの新鮮な不安は感じなくなってしまった。
8:23 京都駅地下のスタバ 黒板の価格表示がよく分からん。シンガポールの方を案内する。新幹線に乗るなど、いつぶりであるか。
近景より何より、雲の動くのを見ると、新幹線の速さが分かる。
雲が低く垂れ込めるとは、成程こういうことか。
全日警は警備会社、県警は警察
窓外をじっと見ていると、犬になったようだ。犬もこんな気分なんだろうか。
濃尾平野は平たいな。
帰ったら火の鳥を読もう。
遠方に古ぼけた高い煙突が、赤々と煙を吐き上げている。そいつが我が胸にぴたりとはまる。
この世が果して憂き世なら、憂き顔作るが相応しい。それなのに私等は、人の笑顔に心が晴れる。嗚呼、嘘こそまことか。
風が強くて減速、停車。飛来物が電線に引っ掛っているため停車。
12:30 新宿、ウイダーを飲む人がロボットのように見えた。
トー横の広場を見る。ダーツ・ビリヤードの店前で、外国人がが鶏の骨をしゃぶっていた。
大久保公園に、雨なのに妙に人がいる。不思議だ。
新大久保の豆腐料理屋へ。もう一時だ。食べたら駅へ行こう。
11:30 二次会終り、話はつまらなかったが、飯はうまかった。
3/30 8:30 チェックアウト。御徒町駅駅前のクリエで朝食。浅草を回って余裕があれば神保町。新幹線は16:39
言問橋の南東のたもと、三人の浮浪者が暮らしている。東京大空襲被害者仮埋葬記念碑 日本語のみ
すみだ郷土文化資料館 雛人形 浮世人形と空襲体験画
12:20 四谷 台湾料理屋に入る しんみち通り 野菜刀削麺 半チャーハン 少し白の入った真面目そうな男性と、品のない御婦人と円卓にて相席 900円
浅草駅に入る階段は薄暗く厭な香水の臭いがして、下りて直ぐ蕎麦屋があった。
右隣に座る御婦人はブチッブツッと音をときたま立てながら飯を食い、ナプキンを座ったまま無理に取ろうとして三度目で漸く成功した。左手をスマホに重ねている 食べ終わった様子だが、口をチュパ(ここで料理が来た)
新宿は坂が多い 14:30 博物館を出て柳田旧居跡へ
金がない、バッテリーも1%しかない
旧居は大妻女子大学の寮となっていた。
幽霊坂、坂には謂れが多い。
意外と子供が多い。
15:50 漱石山房記念館 ちょっと物足りないが、まあ面白い。この周りをぶらつくのも楽しみの一つなんだろう。日本近代文学館と森鷗外記念館にも行ってみたいものだ。草間彌生美術館は閉まっていた。
地下鉄が便利だなあ。
歴史博物館では図録とハーンの本と民具の本と民俗の本、四冊も買ってしまった。漱石は空也もなか、施設も新しかったが、スタッフや商品も若かった。
一分程の差で乗り遅れてしまった。
領収書も紛失してしまったが、確か七千円と少し戻っては来た。自由席を買うと、一万三千三百二十円。六千円払うことになったわけである。戒めとしよう。自由席とはどんなものか、乗ったことは確かにあるが、定かな記憶はないから、それを知るのも面白かろう。六千円は安くないが…。やはり、スマホがないと不便である。
昨日の二次会の時にも思ったが、傍若無人に飯を食うのが上手くなったと思う。大人になったものだ。
まだ遅い時間ではないというのに、車内には寝ている人が多い。窓外に熱海を見る。面白そうなところだ。腹が膨れてビールを飲んだから僕もやっぱり眠ってしまった。
漱石山房記念館には、作品や手紙から取られたいくつかの文句があったが、やっぱり漱石はそらぞらしくって気取っていて勿体振ったところが鼻につくというよりも素直な感受を阻む。
京都駅には二〇時前に着いたが、ヤマト運輸の京都駅前営業所というが見当たらず、ハラハラしながら歩き回る。中学の頃など、道行く人やコンビニ店員に訊ねたものだったが、外国人ばかりであるし、コンビニは忙しそうだし、第一、何故自分で調べないのだと思われるに違いないので、それに、当の目的地がヤマト運輸の営業所なのだ。只でさえ、珍妙な身なりであるのに、そうまでの珍妙振りはできない。ヤマトのプレートを出している古い、一見お断りらしい居酒屋に入ってみた。店主の顔を見る前に、お客に声を掛けられた。「お兄さん、ここね、予約しないと飲めない」どうせ闖入者には違いないのだから、実際のところを聞いてやってもよかったと思わないでもないが、ただ「済いません」と言って出た。これ以上、場を盛り下げるわけにはと居た堪れなくなったのだ。
タクシーの運転手に訊ねてみた。「知らんけど。スマホで見れないの」。「バッテリーが切れてしまって。御免なさいね」と別れた。自分が苛立たしくもあり、また恥ずかしくもあり、ぶつくさひとりごちながら歩いていたら、やがて見つかった。
多少は余裕を持って動けるようになり、電車も慣れてきたように思ったけれど、二つ続いた失態は、ちと情けなく悔やまれる。
白壁になめくじ、ごみ箱の許にゴキブリ。