RNAを使ったPGTと着床能
論文
要旨
従来のDNAを使ったPGTはWGA時の増幅不均一性やアリルドロップアウト率の高さにより誤診断を起こしかねないことが問題になることがあります。本研究では、RNAを使って、遺伝子変異の検出(PGT-M)と胚の着床能評価を同時に行う方法を開発しPGTの有用性をテストしました。私としても、DNAを使ったPGTで染色体異常を持つ胚を避けて、染色体正常胚を移植しても、妊娠率が50-70%程の現状を考えると、妊娠できない他の要因を同時に探ることができそうなRNAを使ったPGTには将来性を感じます。
方法
RNAベースのPGTが利用可能か評価するために、19個の全胚盤胞と21個の胚盤胞からのTE生検した細胞を、それぞれsingle cell RNAseqにかけました。残りの細胞はDNAをWGAして従来のPGTを行いました。
結果1. RNAを使ったPGT-Mの可能性
57個のTEサンプルでsingle cell RNAseqを行い、RNAを使ったPGTの可能性を評価しました。ほとんどのTEサンプル(54/57, 94.7%)は5,000以上の遺伝子を発現していたため、これを品質管理としました。OMIMに登録されている4,868のメンデル遺伝病の関連遺伝子のうち、2,814遺伝子がTE細胞で発現していました。その中にはESHREのPGDコンソーシアムの527のPGT-Mで診断する遺伝子が含まれています。さらにそこかた両親由来で安定して発現している91の遺伝子をRNAを使ったPGT-M診断可能としました。
結果2. RNAを使ったPGT
次に、18の単一遺伝子疾患を持つ26家族を対象に、RNAを使ったPGT-Mを実施しました。生検した細胞の残りを使用してDNAを使ったPGT-Mも同時に行いました。RNAからcDNAに逆転写したcDNAを使ってダイレクトシーケンスで遺伝子変異を解析しました。両親と罹患児のデータがある症例では、ハプロタイプ解析も実施しました。
結果3. RNAseqデータに基づく胚の着床能評価
胚の着床能力は、遺伝子発現から予測できると考え、まず、正常な胚の染色体およびゲノム全体の発現レベルを調査しました。染色体レベルでは、各染色体の相対発現量を計算しました。一部の胚は、特定の染色体で高い、もしくは低い遺伝子発現量を示しました。これらの異常な発現パターンは、胚の着床失敗を引き起こす可能性があると仮定しました。また胚の全体的な発現レベルの分析から、全体的な高発現な胚は着床に失敗した胚に見られることがわかり、ゲノム全体的な発現レベルに基づいて、胚を高発現群と低発現群に分けました。これら2つの発現情報を組み合わせることで、染色体レベルの遺伝子発現が正常で全体的な発現が低い胚を成功する着床を示すものとして特定できると考えました。
結果4. 移植結果
RNAを使ったPGT-Mで、直接遺伝子変異検出の成功率と精度はそれぞれ90%(100/111)および95%(95/100)であり、ハプロタイプ解析の成功率と精度はそれぞれ95%(76/80)および100%(76/76)でした。15個の胚が移植され、そのうち6個の胚が着床に成功しました。着床予測システムは高い精度を示し、11個(78.6%)の予測が正確でした。さらに着床可否の胚の発現解析を行い、着床に関連するマーカー遺伝子を特定しました。この解析から、31の発現変動遺伝子
が特定され、着床失敗群では3遺伝子(C19orf53、FIGNL2、HSF2BP)が発現低下し、28遺伝子が発現亢進しました(CUEDC2、IPPK、PHF13、CDCP1、DOCK4、KCNN4、VPS72、KBTBD8、RIPK4、TMEM185B、TMEM203、CYB5RL、SLC25A51、RIPK1、SH3RF1、SMAD4、USP15)。発現亢進する遺伝子群の50%以上が着床成功群ではほとんど発現していませんでした。
まとめ
本論文では、RNAを利用したPGT-Mと胚の着床能評価を同時に行う新しい方法を開発しました。PGT-Mに関してはTEで発現している遺伝子しか解析できないことや、遺伝子変異により遺伝子発現が低下した場合、RNAを使ったPGTでも、そのアレルはアレルドロップアウトによるものか遺伝子変異によるものか判断が難しいと思いますので、あまりRNAを使ったPGT-Mの有用性は感じられなかったです。それよりも、着床能を予測するマーカー遺伝子を特定できたことが、今後のPGTの発展に寄与するのではと考えています。現在のPGTでは、染色体正常胚を移植しても妊娠率が50-70%程しかありません。もっと改善するためにはどうしたらいいのでしょうか?現在のDNAを使ったPGTでは、胚の着床能を知ることができませんが、RNAを使えば、胚側の着床能を知ることができるようになるかもしれません。そのような技術が確立されることを期待しています。