両親と胚のSNPアレイ解析から明らかになる染色体異常の由来
論文
要旨
本研究では、PGTにおいて、両親と胚のSNPアレイ解析を行い、染色体異常の由来親の特定、染色体異常発生のタイミングが、減数分裂、もしくは受精後の体細胞分裂分類由来か明らかにしました。筆頭著者のAlan H Handysideはこの論文でも使用されているKaryomappingの開発者でもあり、また1990年に世界で初めてPGTを成功させた第一人者であります。
染色体異常発生のタイミング
減数分裂異常:減数分裂時のエラーにより、受精後に胚全体が染色体異常を持つことになります。多くの場合、これらのエラーは母体の減数分裂時に発生し、母体年齢の高齢化に伴い、染色体異常の発生頻度が急激に増加することが知られています。
体細胞分裂異常:受精後の胚発生中の細胞分裂時に起きる染色体異常です。胚全体ではなく一部の細胞が影響を受け、この状態はモザイク染色体異常と呼ばれます。
SNP解析とKaryomapping
Karyomappingは、SNPアレイ解析で、両親と胚のトリオ解析することで、親のSNP情報を参考にしつつ胚を解析することで、以下の情報を得ることができます。
1. 減数分裂および受精後の体細胞分裂の染色体異常を明確に区別できる。
2. 特に減数分裂異常では、由来親や第一減数分裂異常、第二減数分裂異常を明らかにできる。
SNPアレイの遺伝子型解析方法
モノソミー(1本2対の染色体が、1本しかない染色体異常)の場合:父親の遺伝子型がAA、母親の遺伝子型がBB、胚の遺伝子型がBの場合、父親由来の染色体異常であることが分かります。もちろん、たった1つのSNPの遺伝子型情報だけで判別できるわけではないので、同一染色体にある、多くのSNPの結果を見て判別します。
トリソミー(1本2対の染色体が、3本もある染色体異常):父親の遺伝子型がAA、母親の遺伝子型がBB、胚の遺伝子型がABBの場合、母親由来の染色体異常であることが分かります。
第一減数分裂、第二減数分裂、体細胞分裂由来の染色体異常:これは文章だけで説明するのが難しいのですが、
第一減数分裂のトリソミーの場合、胚の遺伝子型はA, A', Bとなります
第二減数分裂のトリソミーの場合、胚の遺伝子型はA, A, Bとなります
体細胞分裂のトリソミーの場合、胚の遺伝子型はA, A, Bとなります
A'はAと同じ遺伝子型もありうるし、A'とBが同じ遺伝子型の場合もありうる。つまり、第一減数分裂由来のトリソミーの場合、トリソミー染色体の遺伝子型はAABとABBの両方を持つことが考えられます。一方で、第二減数分裂や体細胞分裂のトリソミーの場合、トリソミー染色体の遺伝子型はAABのみです。
このままでは第二減数分裂由来の異常か体細胞分裂由来の異常は区別できませんが、基本的に組換えは減数分裂時に起きるものですので、組換えの有無で第二減数分裂由来の染色体異常か体細胞分裂由来の異常も判別できます。
*第一減数分裂時の異常の場合、染色体全体で、A, A', Bとなるわけではなく、組換えが起こるとそこから先はA, A, Bとなります。
*第二減数分裂時の異常の場合、その逆となります。
しかしながらセントロメア周辺は、第一減数分裂時の異常の場合は、A, A', B。第二減数分裂時の異常の場合、A, A, Bです。文章だけで説明するのはとても難しいので、この論文を参考にしていただくと良いと思います。
結果1. 解析症例数
本研究では、1279個の胚のうち、90.8%(1270個)が解析に成功しました。残りは、DNA増幅の失敗などの原因で除外されました。1270個のうち63%(799/1270)が染色体正常と判定され、37%(471/1270)が染色体異常と判定されました。
結果2. 染色体異常の分類と分布
合計で664件の染色体異常が特定され(1胚で2ヶ所以上の染色体異常も見られるため、結果1の471胚よりも多い数値となっています)、そのうち366件(55%)は減数分裂由来、298件(45%)は体細胞分裂由来でした。
結果3. 減数分裂由来の染色体異常
母体の減数分裂由来の染色体異常は、特に高齢の母親において有意に増加しており、34歳以下では11%(96/856)だったのに対し、35歳以上では46%(189/414)となりました(p<0.0001)。減数分裂由来の染色体異常は、16番や21番、22番染色体で多く見られました(これはよく知られていることです)。
第一減数分裂時の異常と、第二減数分裂時の異常では、全体の57%(73/128)が第一減数分裂時の異常でした。また染色体の分布では、第一減数分裂時の異常は小型染色体で多く見られました。一方で、1-5番染色体の異常は全て第二減数分裂時の異常でした。
結果4. Segmental aneuploidy
減数分裂由来の欠失や重複などのSegmental aneuploidyは稀で、重複がわずか3件のみ見つかりました。一方で、減数分裂時に発生したと考えられる欠失が多く見られました(8.5%、24/41)。全体として減数分裂由来のSegmental aneuploidyは、全減数分裂異常の54/366(14.8%)でした。一方で、体細胞分裂由来のSegmental aneuploidyは、全体細胞分裂異常の192/298(64.4%)でした。体細胞分裂由来のSegmental aneuploidyの各染色体の内訳を見てみますと、主に大型の染色体(例えば1番染色体や2番染色体)で多く見られました。
結果5. 体細胞分裂由来の染色体異常
母体の減数分裂由来染色体異常の発生率は、母体の高齢化とともに有意に増加することが知られています。しかしながら、母体の高齢化に伴う体細胞分裂由来の染色体異常の発生率は増加しませんでした(≤34歳の女性で24%、206/856、≥35歳で22%、92/414、p=0.4684)。したがって、34歳以下の女性では体細胞分裂由来の染色体異常の発生率が減数分裂由来のものより高く(206/856 : 148/856)、35歳以上の女性では逆に減数分裂由来の染色体異常の発生率が多い結果となりました(92/414 : 218/414)。体細胞分裂由来の染色体異常の発生率は、父親由来、母親由来の頻度がほぼ同等でした(父親由来が47%, 50/106、母親由来が53%, 56/106)。
まとめ1
本研究は、SNPアレイによる遺伝子型解析により、減数分裂および体細胞分裂由来の染色体異常を高精度で明らかにすることができました。これは染色体異常の発生メカニズムを明らかにする上で重要なデータになるだけでなく、臨床的にも有意義だと考えられます。例えば、PGTの結果、体細胞分裂由来の染色体異常胚であれば、移植候補に含めることが検討可能です。これにより、不必要な胚廃棄を減らすことができるかもしれません。
まとめ2
SNPマイクロアレイによるPGTは、PGT-Aのみならず、PGT-M、PGT-SRにも応用可能です。特にPGT-Mにおいて症例ごとに異なる疾患であっても、同じ手法で解析することが可能な上に、染色体異常の有無も同時に調べることができる非常に有用なツールです。しかしながら、本論文で著者は、SNPマイクロアレイ解析によるPGTは"比較的低コストで高精度な解析が可能"と書いていますが、実際にはNGSを用いたPGT-Aの方が、解析工程も少なくコストを抑えることができます。そのため、現在のPGTの解析プラットフォームの主流はNGSになっています。現在はNGSによるPGTではSNPマイクロアレイのような遺伝子型の解析は難しいですが、おそらく今後は、NGSでも可能になり、NGSによる解析がより一般的になるでしょう。