PGT-Aの効果(累積生児獲得率)

PGT-Aの効果を示す指標として、累積生児獲得率(CLBR: Cumulative Live Birth Rate)という言葉あります。累積生児獲得率とは、最終的に赤ちゃんと対面できた患者さんの割合を言います (参考資料)。日本では2019年にPGT-Aの効果を調べるパイロット研究の報告がなされ、この論文では、PGT-Aは累積生児獲得率を改善しないという結果となりました(下記参照)。

PGT-Aパイロット試験の結果

反復ART不成功の患者さんでは、PGT-A群では、35/50組が出産、Non PGT-A群では、26/50組が出産となり、統計学的有意差はありませんでした。
反復流産の患者さんでは、PGT-A群では、26/50組が出産、Non PGT-A群では、21/50組が出産となり、こちらも統計学的有意差はありませんでした。

一方でPGT-Aの効果は累積出生率ではなく、出産に至らない胚移植を避けることで、胚移植あたりの出産率を改善し、流産率を減少させることだと主張する研究者もいます。それに伴い、治療期間の短縮治療費の抑制に効果があるのでは?と考えてる方もいます。しかしながら治療期間の短縮は、採卵方法などPGT-A以外の体外受精における治療方法にも影響することが考えられます。また治療費については、日本においてはPGT-Aは自費診療になり、一方で生殖補助医療は保険適用となり比較が困難です。海外で治療費の比較論文がいくつかありますが、事情が異なる場合、参考にするのは難しいです。ともかく、今回の記事では、累積生児獲得率について考えたいと思います。

図の解説

左から
1. PGT-A未実施の胚
2. PGT-Aの結果は染色体正常だが、移植しても妊娠出産に至らない胚
3. PGT-Aの結果は染色体正常で、出産に至る胚
4. PGT-Aの結果はモザイク異常で、移植しても妊娠出産に至らない胚
5. PGT-Aの結果はモザイク異常だが、出産に至る胚
6. PGT-Aの結果は染色体異常で、移植しても妊娠出産に至らない胚

胚移植可能な胚盤胞5個あるとします。形態学的には左の胚が最も良く、右の胚ほど形態評価は良くありません。PGT-Aを行わず移植する場合、左の胚から順に移植します。

母親の年齢が40歳程の場合

 母親の年齢が40歳程の場合、胚盤胞期における染色体異常率は60%程です。胚盤胞5個についてPGT-Aを実施すると、赤丸の染色体異常を持つ胚が3つ、白丸の染色体正常の胚が2つ得られます。染色体異常胚の移植を避けるため、白丸の2個のどちらかを移植することになります。今回のような場合ですと、形態評価の高い、真ん中の胚を1回目の移植に用いましたが妊娠出産には至りません。次に右から2番目の胚を移植し生児を得ることができます。
 一方で、PGT-Aを実施しない場合、形態評価の高い胚から順に移植しますと、4回目の移植で生児を得ることができます。
 PGT-Aを実施することで染色体異常を持つ胚の移植を避け、移植回数を減らすことができますが、5個の胚の中に、生児を得ることができる胚があれば、複数回の移植後、最終的にPGT-Aあり/なし問わず、生児を得ることができます。しかしPGT-Aなしの方が治療が長期化し、費用が高額になることも予想され、また移植を繰り返すことによる母体への影響も懸念されます。

母親の年齢が35歳程の場合

 母親の年齢が35歳程の場合、胚盤胞期における染色体異常率は40%程です。胚盤胞5個についてPGT-Aを実施すると、赤丸の染色体異常を持つ胚が2つ、白丸の染色体正常の胚が3つ得られました。染色体異常胚の移植を避けるため、白丸の3個のどちらかを移植することになります。今回のような場合ですと、左の胚の1回目の移植で生児を得ることができます。また患者が第二子を希望した場合、残りの白丸を順に移植すると、2回目の右端の胚を移植すると生児を得ることができます。
 一方で、PGT-Aを実施しない場合、形態評価の高い胚から順に移植しますと、1回目の移植で生児を得ることができます。母親が若年齢で染色体正常胚を多く得る可能性が高い場合、PGT-Aの効果は低く、むしろPGT-Aの検査期間や費用がPGT-Aをしない場合よりも、嵩むことが考えられます。実際にPGT-Aは母体年齢が若いと効果が低いとの報告もあります。

母親の年齢が高齢の場合

 母親の年齢が高齢の場合、 PGT-Aを実施すると、得られた胚盤胞が全て、赤丸の染色体異常のような事もありえます。このような場合、生児を得ることができないが、不要な移植を避けることができます。
 一方で PGT-Aを実施しない場合、これらの胚が染色体異常を持つか不明なため、5個の胚を全て移植に用いますが、最終的に生児を得ることができません。このような場合、PGT-Aあり/なしともに生児を得ることはできません。

モザイク胚を移植するか

 PGT-Aで議論になるのがモザイク胚を移植するかについてです。PGT-Aを実施すると、これまでの種々の学会のstatementなどを参考にしますと、これまでとは異なり、まずは染色体正常の右の胚を移植しますが、妊娠には至りません。その場合、次のサイクルでの採卵から始める治療にするか、左から二番目のモザイク胚移植の提案をします。モザイク胚移植のリスクを考慮し、移植しない決断をする場合もあります。そのような場合、今回の5個の胚盤胞から生児を得ることはできません。モザイク胚移植を決断された場合、生児を得ることができます。
 一方で、PGT-Aを実施しない場合、左から順に移植に用いたとすると、2回目の移植により生児を得ることができます。このような場合では、PGT-Aあり(モザイク胚移植をしない)の方が累積生児獲得率が低くなる事もあります。

まとめ

今回の記事では4例を示しました。例に示しましたようにPGT-Aは累積生児獲得率を改善すことを目的とした技術ではないことは明らかです。特に母体年齢が若い場合はPGT-Aの効果は低いことが予想れます。またPGT-Aよりモザイク胚が報告され、モザイク胚の移植をしない場合も、PGT-Aにより累積生児獲得率が改善しないことが示唆されます。PGT-Aの効果が最も高いと予想されるのは、母体年齢が高く、複数の胚盤胞胚が得られるような患者ではないでしょうか?また、PGT-Aは累積生児獲得率よりもむしろ胚移植あたりの妊娠率や出産率の向上や、流産率の減少への効果が期待されます。それに伴い、治療費の抑制や治療期間の短縮が期待されます。また繰り返しの移植を避けることで母体への影響を軽減できるかもしれません。日本でこういったデータを出す論文を心待ちにしています。

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