映画「ディケイド 腐敗する者たち」に関する考察(ネタバレあり)
オススメ度
★★★★☆
映画「ディケイド 腐敗する者たち」観ました。
いや、素晴らしい映画です。
なんという文学的で芸術的な作品!!
「スイスアーミーマン」以来の感動ですね。
[社会から孤立した潔癖症、
強迫性障害風の男の家に
女性の泥棒が入り、泥棒の女性が誤って転落死。
心を病む男は女性の死体を隠し、
共に食事をしたり、
音楽を聴いたり、
死体と暮らし始める・・
のですが、そのうち死体は腐敗し、
悪臭を放ち、虫が涌き、
それと共に男の精神もますます壊れ、
夢と現実の交差した世界へ堕ちていく。
しまいには死体がうめき声をあげ、
夜中に家を歩きまわりはじめ・・・]
というお話。
魔物は出てきません。
あくまで男性の
[壊れていく心の中]
のお話です。
[孤独に死体と閉じ込められた空間で、
やがて死体が話し出す・・]
という設定としては
映画「スイスアーミーマン」
に近いかもしれません。
ただし「スイスアーミーマン」が、
それをあくまで
ユーモアの世界で表現したのに対して、
こちらは病んだ狂気の中で
完全にホラーテイストで描いています。
まさに
黒い「スイスアーミーマン」と言える作品。
また
[閉じ込められた暗闇の中で
死体が動き回る話]
としては、
映画「ジェーン・ドウの解剖」にも似ていますが、
こちらは魔女的なファンタジーの世界に
結論を求めてしまった所が私は不服で(笑)、
その点、
[人間の魂の暗闇]
を、ただ、ただ描く
こちらの作品こそが、
この手の題材の完成系だと私は思うのですよ。
他にも[死体と暮らす男]の[女バージョン]の物語を、
映画「変態村(原題・ゴルゴタの丘)」の監督
ファブリス・ドゥ・ヴェルツが
「ワンダフル・ラブ」という作品で描いていますね。
日本だと小説家の生島治郎が
「頭の中の昏い唄」という
死体の幻想と暮らす
男主人公の短編小説を書いています。
こちらも
男の狂った頭の中で、
やがて少女の死体が喋り出す設定。
また雪山の中、あるいは山小屋で、
死体と閉じ込められる的な設定は有名で、
「世にも奇妙な物語」の
「歩く死体」などがあります。
さて、
映画「ディケイド 腐敗する者たち」に戻ると、
おぞましく、
[魂の闇の中]を描く話ですが、
哀しい話でもあります。
というか、むしろ「キャリー」に出て来る様な
潔癖的のキリスト教の母親に虐待され、
厳しく育てられた男の
哀しい救われない魂の物語です。
男にとって、外部からやって来た死体とは、
自分がずっと
[精神の檻の中]から切望していた[他者]であり、
男の生んだ複数の人格達
(仕事仲間、世話役の女性など皆、
男の生んだ幻想だと思われる)は、
時として正気を持っていて
「お前は病気なんだ」
「狂っている」
という事を自分に指摘しているのです。
本当はわかっていながらも、
狂気の迷宮の中で
孤独に暮らす事に身を委ねる哀しい狂人。
ラストで
自分が生み出した幻想(女性)と話す時の
[詩]の様な台詞が
とても印象的で良いです。
男「神話の世界で、
罪人は神々の哀れみにより花(蘭)に変えられた。
なぜだ?意味がわからない」
女「戻したのよ。
元の繊細な姿に」
男「くだらない!!
腐った木にも生える花だ!!」
主人公は、自分の中の罪が許せないし、
人間の醜さも許せない。
そして泣き崩れる男に、
幻覚の女性が言う最後の台詞
「一人もいいものよ?」
そうして男は
また孤独な世界に戻っていく。
死者は去った。
人に異常に焦がれながらも、
もう自分は決して
人間達の世界には戻れない事を知っている男が
導き出した結論。
[自分の作り出した
心の中の世界で暮らしていく事]
繰り返し、繰り返し。
これは狂人の物語を描いている様で、
私達の[魂の孤独]を描いている
とも言える作品だと私は思います。
人間は本当は皆、孤独で、
時として何かを異常に切望する。
それは信仰だったり、
他者だったり、
憧れだったり。
それでも、それが決して
手に入らぬとわかっても、
人は生きていかなければならない。
自分という[孤独な魂の牢獄]の中で。
アメリカ映画というより、
「アメリ」や
「愛してる、愛してない」などの
ヨーロッパ作品の雰囲気を持ってますね。
あっ、ちなみにこの作品、
私にとっては最高の芸術作品でしたが、
普通の人は観ない方がいいです(笑)
死体に湧くゴキブリや
蛆などの虫が沢山出てきますので。
これは仕方ないです。
蛆とは、
この世の腐敗、不条理の象徴であり、
それこそが
この映画のテーマだからです
(ヨーロッパ芸術の世界で、
蛆虫とは[人間の罪の証]であり、
その罪に対する
後悔の象徴でもあると言われています)
余談ですが、
映画の中の蛆虫、
多分これ、本物の蛆を使ってないですね。
蛆虫役の俳優?としてハチノスツヅリガに似た
[蛾の幼虫]辺りを使っている気がします。
本物の蛆ではなく、
蛾の幼虫にした理由はよくわかりませんが。